愛とそぼろ

 

六月一日(水) 真白に無垢であったこの原稿を「真白に無垢であったこの原稿を」と汚してしまった。そして「真っ白に無垢であったこの原稿を「真っ白に無垢であったこの原稿を」と汚してしまった。」とさらに汚してしまった。永劫に続く無垢への羨望は煩悩、家の棟も三寸下がる真夜中にイギーポップは「Paris77」をフルボリューム。そのうち内気な隣人がさすがに苦情を申し立ててくるだろう、イギーポップのTシャツを着た内気な隣人が。

六月二日(木) 四つん這いになったご婦人のパンツを下すたびに思う。どういう政策なのかアーチ状なるクロッチエンド(?)の跡が計ったかのようにして肛門を真横に分断している。「なぜだ!あと少しじゃないか!あと少しですべてを包み込めたじゃないか!今すぐKiss Me Wow Wow!」と毎度にひどく憤るが、上半分の肛門を地平線の向こうに昇る朝日に見立てることで崇高な心持ちを以ってしてその場をいなす、はぐらかす。

六月三日(金) 免許を取ったばかりの者から深夜の緊急連絡を受ける。盆栽とキャンピングカーに挟まれて車が出せないと大いに取り乱しているではないか。もはやこれは脅迫電話の類いに該当する事案だが向こうにしてみれば生きるか死ぬかの瀬戸際であるらしく、こちらの「盆栽をどかせ」という的確なアドバイスにも「もうお終いです、もうお終いなのです」と聞く耳を持たない。それから互いに言葉を失い、しばらくあって「もう売る。もうこの状態でこの車を売る」と苦渋の決断を電話の向こうに聞いた。

六月四日(土) かれこれジャスミン茶を飲み続けること三年余りにしてその体感的な効果効能を率直に申し上げると出前館の配達員である馴染みのおじさんがさりげなく添える「お熱いうちにどうぞ」がいつの間にか廃され、あまり良くない方向に小慣れてきたような気がしています。

六月五日(日)「あの世に行けば煩わしい人間関係に悩まなくて済みますよね」と近しい若者が自殺をほのめかす。年長のこちらとしては「あの世という概念を持ち出すのならどうせまた向こうで全員集合だぞ」と諭してスイカバーをおごる。

六月六日(月) 銀座シックスの地下駐車場から螺旋の坂を登り、DNAの立体構造のような螺旋の坂を登り、雨降りの地上にたどり着く。雨粒がフロントガラスに付着すると発作的に「あだすのカヌーが見当たりませんが。あだすのカヌーが見当たりませんが。あだすのカヌーが」と連呼する病がなくてよかった。

六月七日(火) 実家にある年季の入った扇風機は今年も登板を控えているらしい。ただ「切、弱、中、強」と並ぶボタンに深刻な接続不良が見受けられ「切、強、やや強、強」として今夏に扇風するらしい。

六月八日(水) 柄にもなく選挙について記してみればなんとなく投票所へ出向き、なんとなく良さげな候補者への投票はもはや犯罪に近いとさえ思っている。そこは最低でも立候補者の中学時代にまで遡った人物検証が必要となり、合唱コンクールの曲名から徒競走では裸足で走る江戸っ子スタイルであったか、また禁止のチャリ通が体育教師にめくれて「はい、次、毎朝自転車で足腰を鍛えている◯◯」とチクリとやられた経験の有無、そしてやはり真夜中にアダルトビデオの自販機まで馳せ参じ、後客の足音に自販機と自販機の隙間に隠れて秒で発見されるという伝説の有無などは特に確認しておきたいところである。

六月九日(木) 近頃では軽く温い掛け布団こそ良品という世相の価値観に揺らぎが生じているようで。なんでもある程度の重さに利するホールド感こそ安眠に導かれると確固たるデータが取られているらしい。やはり「安眠」という二文字にはおっさんとして惹かれるものがあり、通販サイトを覗くと七キロ、五キロの掛け布団がご用意されていた。「すき家のクリームチーズアラビアータ牛丼はやり過ぎではなかろうか」とまでに悩みは及び、結局は七キロと五キロの各一枚づつに購入を決めた。数日後、我が家に七キロ二枚、五キロ二枚という掛け布団が届く。湧き上がるドス黒い紫の感情を押し殺し、それでもどのようなものかと計二十四キロの掛け布団を体験。もうなんだろう、漬物に感謝ですね。

六月十日(金) 東京03のサングラスが無性に見たい日ってあるじゃないですか。

六月十一日(土) ママチャリの二人乗りをする若いカップルが爽やかに通り過ぎてアフタヌーン。不粋な職務を課された交番の警官がそれを注意したところ、大正ロマンよろしく横向きに座っていた彼女が「すいません」と改めて荷台に正面から跨がる。あの日あの時「そういうことじゃなくて」という言葉は彼女の為だけに存在していたアフタヌーン。

六月十二日(日) ドッジボールの顔面セーフというものにタイムマシン開発における重要なヒントが隠されている気がする。関係各所、ご参考まで。

六月十三日(月) 通販で購入した形から配色まで私的ベストなヴィンテージ・ベースボール・キャップがある。ただサイズが致命的にタイニータイニーであり、それが道理に被っていると徐々にせり上がっては最終的にワンツードンくんのようになる。が、それよりも、そんなことよりも折に触れてなんとか被れないものかと試す度に小さな地震が必ず起こる。つきましては以後地震が起こる時「あぁ、あいつ今被ってんな」とでも机の下より思っていただければ。

六月十四日(火) 新宿の小さな劇場で完全即興なる芝居を観る。女が「もう私たち別れましょう」という。受けて男がやや間を取り「どちら様でしょうか」という。そのようにスリリングな即興が目紛しく展開され、最終的にそば屋のオヤジが露出狂に露出するという前代未聞のエンディングを迎える。席を立つ男性客が呟いた「そう来ましたか」という一言に印象が残る。

六月十五日(水)  セックスに炊飯器を持ち込もうとした男にビンタを口切りとした説教をしてやりました。

六月十六日(木) 何気ない日常の幸せは不幸という名の定食屋でしか味わえない。サービスの小鉢には小松菜のおひたし。さ、思う存分に浸っていただきましょう。自分の立ち位置が全然わっかんね。

 

fin