月別: 2022年12月

四季の果てる街

 

十二月一日(木) 硬いバケットに生ハムとバターのみを小粋に挟み込んだサンドイッチに魅せられて三宿のパン屋へ今日も通う。前に並ぶ男性のヘッドフォンからナンダカンダが漏れて聞こえて師走は朔日。

十二月二日(金) なんとなく時節にそそのかされる形で押入れの整理に励めば身に覚えのない品々が発掘される。まずは風情など知ったこっちゃねぇキャプテン翼の扇子。さらに「R.HAYASHI」という全く心当たりのない名が親骨を縦に走り、こちらとしてはハヤシライスでないことを切に祈るばかり。続きまして有事の際にはいつでも真っ二つになるよう断面をマジックテープでとめたスイカのぬいぐるみ。宇宙規模の用途の無さに加え、苛つくことにドライクリーニング不可。

十二月三日(土) 大人になることで失うマイワールドへの没入。昨朝のこと、可燃ゴミの収集をする作業員の後方にて男児がどっぷりマイワールドに浸っていた。ゴミ袋を仲間と見立て「俺がなんとかするからお前たちは早く逃げるんだ!」と騒ぎ立てる。作業員のおじさんは手を緩めることなく回収車にどしどしそれを投げ込む。そのうち男児は何事もなかったように学校へ。おじさんも何事もなかったように次なる集積場へ。生きる、生きている、生きてゆく。

十二月四日(日) 静寂という最上のBGMに紫煙を燻らし、ターキー八年はオンザロック、物憂げに丸氷を指先で転がす。向こうの老紳士が渋く通る声色で「僕は一平ちゃんにからしマヨネーズを入れたことがない」と店主に逆マヨビーム発射。

十二月五日(月) 若い男女を乗せた電動キックボードが深夜の世田谷通りを滑走する。ハンドルを操る男のスマホからは大音量の『ホール・ニュー・ワールド』が流れ、彼の腰に腕を回した女はそのロマンチックな演出にうっとりしている模様。ならばこちらも負けじとディズニー対決。『星に願いを』を鼻歌に「足立ナンバーのいかついハイエースで彼らを横殴りに轢き倒して下さい」と星空に願った次第。

十二月六日(火) マルちゃん麺づくり鶏ガラ醤油の存在を知るか知らぬかで人生は決まる。

十二月七日(水) いつからか定かでないが玉袋を引っ張ると妙に痛い。サッカー日本代表ユニフォームを白衣のインナーに着こなす泌尿器科の先生より「それは誰でも痛いですよ」と病院が倒壊するような診断が下された。一応「メ、メッシも?」と尋ねたところ「メ、メッシも」とのこと。

十二月八日(木) 人は全てにおいて、人は得ることで、人は解放されたい。

十二月九日(金) 過日の押入れ整理では昔メモ帳として使用していたリラックマの手帳も人知れず発見されていた。意を決して本書を紐解けば冒頭からアクセル全開、恋の方程式として「底辺×高さ÷貴方」と我ながらギャグか本気かわからぬことを臆面もなく記しており、次頁はおかしな方向に落ち着きを払い「里芋のぬめりは彼らの生き延びる手段に他ならない」と毛筆で綴られていた。こわい、こわいの、自分が。

十二月十日(土) 皇居周辺の高級ホテルに勤めていた方と話す機会があり、一番変わった宿泊客について尋ねたところ「ルームサービスを頼む度に自分の髪が短くなってゆくと言い張る男性のお客様がいました」という。いやはや楽な仕事はないようで。

十二月十一日(日) 三軒茶屋はハナマサ前、幾分に傾斜のついた坂道をザルからこぼれたみかんが転がり落ちた。坂の下では天文学的な確率を偶さかくぐり抜けた草野球のユニフォームを着たおじさんが捕球体制に入る。

十二月十二日(月) 横チンとハミチンを同義と捉える世界ならばこちらの方から願い下げです。

十二月十三日(火) 若かりし頃に映画監督を志していた方との出会いがあった。伺う限りでは映画と呼ばれるものはすべて見尽くし、それだけでなく古今に至るアニメへの造詣も深いご様子。「もしピクサーから映画の制作依頼があったのならタイトルはどうしましょう」というこちらの愚問にも「知り過ぎたやす夫」と快く答えてくれた。それから互いに腹を割った討論があり、最終的には「敏感、やす夫、敏感」というタイトルに落ち着く。

十二月十四日(水) 寒空の下、Tシャツ姿の外国人を傍観するおじいさんが「やっぱりハンバーガーなんだろうね、ハンバーガー」と白息を立てる。

十二月十五日(木) ショットのライダースをまといルーリード詩集を小脇に冬の駒沢公園へ。サッカーコートでは素人から見ても素人とわかる試合が行われており、凍てるベンチに詩集を敷き込んでしばしの観戦。味方が驚くノールックパス、試合中にペナルティーエリアでの着替え、満を持して股間でのトラップ、フェイントを多用し過ぎて自ら惑わされる者、そしてなによりキーパーが革靴。こらもうルーリードどころじゃねぇ。

十二月十六日(金) ごはんの前にお菓子を食べて怒られる。

十二月十七日(土) 「今この瞬間に将来の連続殺人犯が生まれたとする。しかし事件は当然起きてはおらず、現段階ではこちらの仮定こそ殺人的な邪心に侵されているのではないか」と泥酔した友人に語ったところ「赤マジャパ、青ジャパマ、黄ジャンバラヤ」との思慮深い返答があった。

十二月十八日(日) 今年もご愛読ありがとうございました。来年は十徳ナイフのルーペの様にギリギリの存在価値を己に見出したいと思っております。それではよいお年を!

 

fin