十月一日 (金) 日出づる国に生まれ育ち、平時において「セットもございます!」という言葉だけは口にする機会がないと思っていた矢先、とあるヤングの集いにフレッシュネス・バーガーを種々大量に差し入れをしたところ「全員分あんから慌てんな!」の次にとうとう「セットもございます!」が飛び出した。人生の新たな扉を開いた心持ちに秋空は高く。
十月二日 (土) エルビス・コステロはライブ・アット・ジ・エル・モカンボ。ライダースの背に「即死」と白マジックで大大と書き、チンザノ・ロッソを抱えて高円寺を練り歩いた十五年前の思い出。エルビス・コステロはライブ・アット・ジ・エル・モカンボ。今ではブロッコリースプラウトを検索している。これもまたある意味でロックンロールなのではないでしょうか。
十月三日 (日) 三軒茶屋のレコード屋へ。先客とご主人がソフト・マシーンの音楽的立ち位置について意見を交わす脇にてこちらはやはりエルビス・コステロのレコードを漁る。本命に据えたライブ・アット・ジ・エル・モカンボは欠品。ご主人曰くあまり出回っていないらしい。先客はキング・オブ・アメリカが好きだという。それから話はバディ・ホリー、クラッシュ、ダムドへ至り、気づけば六十分余りの豊かな時が経っていた。おれはレコードプレーヤーを持っていない。
十月四日 (月) 我々は必ず死ぬ。金を出して購入した物すら全て一時的な借物だぜ。
十月五日 (火) 若者に「タクシー来ねみじゃね?」といったら静かに首を横に振られる。
十月六日 (水) 前を走る車、初心者マークに福岡ナンバー。いよいよ三田のT字路を曲がると目前に東京タワーが迫る。彼らのリアクションがどうしても見たい。しかし今日日東京タワーなんぞにヒイヒイいう者などないか。スッと横づけしてその様子を窺ったところ、若い男女が揃ってタワーを指差し大層盛り上がっているではないか。なにかこちらも嬉しくなるがどうしてもグータッチの意味がわからない。
十月七日 (木) 近頃の夢に野沢雅子が頻繁に出てくる。これはなにかあるのではないかと「野沢雅子 夢」と検索にかけた。すると「かめはめ波で聖火を灯したい」とヒット。いや、そういうことではなくてだね。
十月八日 (金) 亡くなられた柳家小三治さんに黙祷を。当然にこちらの一方的な面識であり、唯一落語に繋がれたご縁でありました。また巡る夏の寝しなには決まって青菜、植木屋が帰路に就くころにはこれもまた決まって幸せな眠りに落ちることでしょう。これからもよろしくお願い致します。
十月九日 (土) カラオケにて三日月を歌い上げる女よりもマラカスを持ったはいいがその出番が全くない男の切なさたるや。
十月十日 (日) 日本に長らく住む外国人の友人が物憂げにいう。「十年前に赤坂見附で食べたチキンカツ軍艦が忘れられない」おれも今日という日を忘れない。
十月十一日 (月) 空車で爆走してゆくタクシーをみた。腰を抜かすほど意味がない。いや、意味がないという意味があるか。
十月十二日 (火) ちえこ幼稚園の看板にしつこく落書きをする者がある。「え」の上部を白いマジックで塗りつぶしてどうしても「ちんこ」にしたいらしい。それを阻止すべく幼稚園の者が黒マジックで書き直すというエンドレスな攻防が人知れず三軒茶屋の片隅で巻き起こっている。
十月十三日 (水) 近所の公園でおじいさんと少年が警察ごっこ。取り調べの段にてゴム鉄砲の乱射を浴びるおじいさん。「何を食い逃げしたんだ!」そう詰められたおじいさんは「春雨」と答えた。少年警官は食い逃げ犯の顔付近に発砲。「顔はダメよ!顔は!」とおじいさん。
fin