ドデカミンエナジーフロートがコンビニの棚から消えて早数ヶ月。
慕情は一途に募るばかりであり、向こうもおれを探しているかと思えば感は溢れて枕を濡らす。
ネット検索にかけはすれどもその結果は芳しいものでなく、電子路頭に迷い、途方に暮れてはAmazonに行き着き、当てのない指先を別冊ニュートン『無とは何か』の注文をすることでなんとか収める。
思い返すドデカミンエナジーフロートのラベルには「アルギニン&ローヤルゼリー200%」ともはや体に悪いのではないかと思わせる自棄っぱちな謳い文句が筆圧高く記され、更に「開栓後に放置をするとキャップが飛ぶことがあります」とこちらを散々に脅しつつも側面の縦ラインには「ここからはがせます」という打って変わる低頭な心配りに愛すべき本性を感じていた。
遊歩道に咲く梅をベランダより眺めているとライ・クーダーの奏でるバンジョーが自室より漏れて聴こえ、ヤマトの配達員が引く台車のゴロゴロという音に奇しくほんの数秒合わさる粗野で温かなカントリー。
せまる春の兆し、やはりその傍にはドデカミンエナジーフロートがあってほしい。
再度取り掛かる検索は自然と熱を帯び、ついには個人商店が運営するサイトにそれを見つけた。
二十四本入りにして三千六百二十四円、在庫は残り一箱。
この機を逃しては今際の際まで後悔するのは確定、されどもこの残り一箱はリアルタイムで反映されているものなのか、サイトの手作り感が加勢するところに不確定、しかしここでグズグズしていては他者に先取りされてしまう。
急いでカートにぶち込み、名前から住所、そして支払方法を手早く記入してニュースレターを手堅くオフ、勇んで決定ボタンを押したところ名前のフリガナが抜けていると不備の朱が入る。
「御社には亀田錬太郎をタモリンピックと読んじゃう者でもいんのかオラ!」
マウスを叩きつけて昂ぶりを発露、だがその内訳は所望する品にやっと出会えた喜びが大半を占めていた。
指示通りにフリガナを振り、配達時刻諸々を記入し終えるとピンクのウサギが「ご注文ありがとうございました」と頭を垂れる。
それから数日を経て一通のメールが届くもそのアドレスが実に怪しい。
英数字をランダムに、また湯水の如くにどこまでも羅列した悪徳業者のそれのようであり、確かに内容こそこちらが発注した品の確認メールではあれど、これは要警戒に値する。
我が家では幼い頃より「人は常に疑ってかかれ。疑うのは信じる過程であり卑下することはない」と事あるごとに父親から言い聞かされていた。
ここでひとつエピソードを挙げるのならば、ある日親父が小田原の箱根そばで手繰り終えると店を出た。
暫くして財布がないことに気づき、大慌てでそば屋に戻るその道中に「これは間違いなく隣り合わせた男がすったに違いない。道理で怪しい風貌をしていた」と訝る。
戻り着く店にはやはり容疑者の姿はなく、世知辛い世を儚む下方に堕する視線の先に自分が使用していたお盆を見た。
そこにはお盆の色、艶、木目にぴったりと同化した永遠に誰も気づかないであろう長財布がベロンと横たわっていたらしい。
ともかくおれの身体には長年に教え込まれた疑心というものが絶えず循環しており、今日日の世情において三千六百二十四円を言われるままにポンと払い込む了見など持ち合わせてはいない。
迂闊にも三千六百二十四円を鼻歌交じりに入金すれば軽傷でたれぱんだのマウスパッド、重傷で伊吹吾郎の等身大パズルが年に二ピースずつ送られて来る可能性も無きにしも非ず。
すると夜のしじまにキーボードを打つ音がパシャと弾ける。
「先日ドデカミンエナジーフロートを注文させて頂きました亀田錬太郎と申します。大変に失礼かと存じますが思う所を率直に申し上げますと、社会通念に照らし合わせて鑑みるにそちらのメールアドレスはすこぶるに怪しく、それにより入金に二の足を踏んでいる現状がございます。さて、如何したものでしょう」
その返事はメールではなく、翌日の昼下がりに恭しい謝罪から始まる電話連絡を受けた。
声色から五十を越える業者の男が「どのようにこちらが正規の販売店だと証明すればよいものやら難儀をしております」と漏らす。
互いに次ぐ言葉を欠いては暫くの無言に陥り、時折の咳払いで電話回線の「生」を確認し合う。
こちらにはかの沈黙に沸々と湧き上がる思いがあった。
ふたりの漢が思慮を巡らせ、血の通わないネット社会に生きとし生けるものの熱い血潮を今注入せんとする。
「こちらの名刺を写メで送りましょうか」
「お言葉ですが名刺などいくらでもどのようにでも作れますよね」
「では免許証ではどうでしょうか」
「そんなのニンベンの者に頼めばどのようにでも作れますよ。いいですか私はね、あなた個人の生きている証が欲しいのです!」
ここまで来ると向こうから商談を断つことも大いにあり得たが「一度電話を切り、少し考えさせて下さい」と言い残した十分後には意を決したような雄々しい呼び出し音が鳴り、彼は淀みのない口調でこう発した。
「昨年に妻と行ったぶどう狩りの写真を送ります」
「それですよ!それ!」
画像を開くと星条旗のトレーナーを着る男性がピースサインを作る途中で撮られたのか、弾ける笑顔で目潰しの構えを取っている。
「こんな写真はなかなかお目にかかれないぜ。生への渇望が横溢してんじゃねぇかさ」
そして何気なく拡大したところ、チェーンのみのネックレスと思いきや、星条旗の星に同化したシルバーの星形ヘッドを確認した。
「親父のお盆状態じゃねぇか!なにこのすんごい親近感!うん、この人は悪徳業者じゃない!」
もうひとつ背中を押して欲しいという気持ちから拡大したまま後方の張り紙を映し出すと「休園中」としてある。
「あぁ!絶対いい人だ!この人絶対いい人だ!」
fin