海に来ている。
海からすると原付の試験に落ちた経験を持つ男が来た。
熱い砂をつかむ。
熱い砂からすると横チンとハミチンの違いについて日々沈思する男につかまれた。
炎天の夏空を仰ぐ。
炎天の夏空からすると一ヶ月待ちの男性用ブラジャーを四年近く待ち続ける男に仰がれた。
そう、私は海に来ている。
炒るような砂浜ではビーチフラッグにビーチバレー、夏日に目を細めるその向こうではビーチヨガなるものが興じられる。
これ以上にないTHE夏的光景が展開されてはいるがお隣ではビーチ夫婦喧嘩が勃発しており、聞き耳を立てると奥さんがとにかくご立腹のようで。
「だからそれ履かないでって何回も言ったよね!?恥ずかしい!」
甲高い怒号の元へ視線を移せば縫製の際には溶接工よろしく遮光マスクを必須とする超蛍光イエロービキニパンツを履いた旦那さんが「ママはビール?ママはビールかな?」と小さな娘に伺いを立てるも露骨にあしらわれて険悪なムードは色濃くなるばかり。
そして尻に大きくプリントされた「Hello!」が食い込むことで「Hell」となり、それはそのまま旦那さんの心境を余すことなく表していた。
波音一つの間に世界では六人が奥歯を通したデンタルフロスの匂いを嗅ぎ、八人がトランシーバーのガチャガチャでミサンガが当たっているという。
ひときわカラフルなビーチパラソルの元では麩菓子を主食とする痩せこけたおじさんが家族のために干からびたワニ・フロートへむせ返りながら己のすべてを注入している。
その様からある男が過去に挑んだ自慰方法を思い出した。
美人と誉れ高い女友達に風船を膨らませてもらい、それを持ち帰っては風船の空気を耳とチンポコに吹きかけながらシコるというオリンピック強化選手のような猛る気概に満ちるものであったと聞く。
日に照る旅客機が夏雲に入り込む。
もう二度とその姿を目にすることはないとセンチメンタル・サマー。
かと思いきや雲を突き抜けた機体が再度のお目見えとなり、それは感動的な送別会の翌日に遊びに来ちゃったバイトの先輩を想起させた。
ビーチクリーンに勤しむ男女の集団が向こうよりジリジリと迫り来る。
巷に彼ら彼女らは「環境の向上、地域の治安保全、海へのゴミ流入阻止」との大義を掲げてはいるが、実際の現場ではどのような志に衝き動かされているのだろう。
トングを手にする若い女性にその旨を尋ねたところ「やっぱり綺麗な方が気持ちいいじゃないですか」という。
一陣の潮風が私と彼女の姿を型抜いては後方で合流を果たし、実直で清々しい彼女の言葉はエンドレス・サマーの嫉妬を買って陽射しも一層に盛る。
するとビーチクリーンに勤しむ方々が眩く輝きはじめ、この砂浜で一番のゴミは自分なのではないかという思いに駆られた。
「あの、すいません。一度そのトングでつまんでくれませんか。首の後ろあたりをクッと」
彼女は平成生まれとみえて柔軟にして従順と来れば戸惑う表情もそこそこにこちらの背後に回り込むと首の裏に位置なす風池のツボをまさに「クッ」とトングでつまみ上げた。
リクエスト通りの屈辱から抽出された快楽は束の間のこと、なにより想定外であったのは「庭先で捕獲されたモグラ感」という未知の辱めであった。
新たな扉をトングでこじ開けてくれた彼女には丁重な礼を申し上げる。
それにしても遅い、遅すぎる。
連れの者が「ビールを買いに行く」と告げて一時間が経つ。
これはもう「今、麦畑を耕している」以外の言い訳は通さない。
fin