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五月一日(日) 陸橋より眺めるに今日も環七を種々の車が走ってゆく。その運転手一人一人にマイクを差し向け「あなたは何の為に車を走らせているのですか」と問えば業務的な理由がその半数を占め、そこから買い物、行楽、送り迎えといったものになるだろう。そこでさらに問いたい。「で、結局のところ宇宙的観点から一生物としてなぜあなたは車を走らせているのですか」と執拗に迫りたい。するとどうだ、皆一様に鼻水を垂らしてM字開脚で「よくわからない」と答えて精一杯だろう。ただ時として「病院のスリッパを返しにゆく」という宇宙的観点から大胆に突き抜ける者もある。陸橋より眺めるに今日も環七を種々の車が走ってゆく。

五月二日(月) 博識高い年上の方に「過去に起きた数々の凄惨な事件も現在という瞬間に至るには必要なピースだったのでしょうか」とお伺いしたところ「そんなことよりお前は自分の盗まれた自転車に毎朝追い抜かれる俺の気持ちがわかるか?」とキレられる。

五月三日(火) ちん毛を束ねた筆でまん毛と書して尚わだかまる心、トゥナイト、ん、トゥナイツ。

五月四日(水) 古代ギリシアの壺絵に人間の滑稽味を感じてやまない。往々にして自分が滑稽と感じるものは世間より芸術と呼ばれる。すると己の滑稽な私生活も芸術なのではないか。玄関の小窓よりNHKの集金人と目が合い、軽い会釈の後に居留守というスーパープレーなどは殊更に芸術といって差し障りないのではないか。

五月五日(木) 車内に流れる音楽のリズムと歩行者の歩くリズムがぴったり重なり合うと爽やかに苛つく。

五月六日(金) おそらく世界で初めて「冗談は顔だけにしてくれよ」と言った者は己の即応能力に自惚れ、それを言われた者はその晩の風呂上がりに足の爪を切っているところでようやくの合点があり「あんの野郎!」といきり勃つもすでに機を失しており「ま、いいか」と己の寛大さに自惚れたのであろう。

五月七日(土)   妻に欲情しない男がカレー、ハンバーグの二大巨頭を差し置き「毎日稲庭うどんでは飽きるでしょ」という。

五月八日(日) 富士そばにて手繰り手繰って高楊枝。先刻より発券機に対峙する巨大なリュックを背負う外国人男性がついに「天プラ蕎麦ドレデスカ」と助けを求めてきた。易く救いの手を伸ばさなかった子細に及べば異国にてそのように窮した一コマこそ後年に思い返すかけがえのない旅のメモリーとなろう。それから「ここここヒアヒア」などと教えて「オウ、サンキュ」「ユアウェルカム」というやり取りがあり、彼は満を持して「いなり二個」をズンと強プッシュ。おれはなぜ逃げるように去ってしまったのだろう。

五月九日(月)  人は公に言ってみたい言葉というものを個々に持っている。自分の場合は「もうそちら味付いてますんで」と前掛けで手を拭きながら言ってみたい。周りの者の中には「なんだチミはってか!?」をごく自然な形で言ってみたいと願う男がいる。彼は先日カラオケで部屋を間違えたところ首筋まで墨を入れたお兄さんに「お前誰だよ!」と叱られたらしく、後々思えばこれ以上ない今世紀最高のタイミングだったと虚空を睨む。

五月十日(火) コロナの影響で失職した男を慰めようと夜の三軒茶屋に呼び出すも彼は「恥ずかしながら三茶までの足代すらしんどい」という。「今日は全部こっちが持つからタクシーで来いよ」ともてなしたところ「ありがとう!じゃあ今日はマジで財布を持って行かないから!」と空元気に放つことで自尊心を保とうとする様がなんともいじらしい。ビッグエコー前で待っていると三宿方面よりやってきた。個タクのセンチュリーがやってきた。エンブレムの鳳凰もまさか後部座席の男が無一文だと夢にも思っていない個タクのセンチュリーがやってきた。偶然、偶然だろうが一刻も早く奴を引きずり下ろして殴りたがっているおれの拳、そう個タクの真っ白なセンチュリーがやってきた。

五月十一日(水) 地球外生命体に「お色直し三回」を完璧に理解させるぐらいの気力と体力が欲しいですね、えぇ。

五月十二日(木) 所用の流れから久しぶりに神奈川のコンビニへ。店内を駆け回る小さな子に父親より「おい!おま、あんまし調子ブッこいてんじゃねぇぞ!」と叱声が飛ぶ。東京の方にとっては耳にぶつかる不快なものとは思うが、神奈川を故郷に持つこちらとしてはどこか懐かしくなにか心が和む。さて無駄に広い駐車場にポツンと停まる彼のヤンキーカスタマイズされたワゴンRに刮目されたい。あずきバーの一本すら入らない極めたシャコタンに次いでルームミラーにぶら下がるのはもちろん大麻草を模した芳香剤、そして低学歴までもが透けて見えるクリスタルのシフトノブと来ればリア・バンパーに貼り付けられたステッカーは「E.YAZAWA」「倖田組」と自らの音楽的嗜好をご近所中にアピールするだけでは物足りず「熊出没注意」と悪戯に脅かした挙句に「ドライブレコーダー準備中!(笑)」ともはや収拾がつかないご様子こそ神奈川、神奈川県。

五月十三日(金) 茶沢通り、花屋の店先であろうことか「世界に一つだけの花」のイントロを口ずさみ始めてしまったおじさん。すぐさま周辺の緊迫した空気を察したか、歌い出しより急遽「上を向いて歩こう」に変更。危ねぇなもう!

五月十四日(土) 年下の者が先日の初デートを嬉々として語り出し、こちらはうんうんと微笑ましく聞いていた。「中華街が意外と空いていたんですよこれが。で、ご飯食べて来年こそ眼鏡ぺちゃんこになって山下公園に行ったんですが、やっぱり海はいいですよね。今度はナイトクルージングしようかなんて。うん、良かった。すごい良かったです」という。来年こそ〜の件は聞き間違いだと思うが本当に言っていたとしたらおじさん心配です。

 

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