月別: 2022年8月

子犬も餓死するスローバラード

 

八月一日(月) 「立ちバックで出来た子供は足腰が強い」と頑なに言い張る年上の方が空き巣に家を荒らされるも何ひとつ盗まれなかったという伝説を打ち建てては炎節の滑出し。

八月二日(火) 宇宙に逃げるな、おれ。おれに逃げるな、宇宙。

八月三日(水) よそから頂いた清水白桃を台所で食らいつく。中学の頃に仲間内で鑑賞したAV「汁まみれの桃かじり」が脳裏を掠め、むせる。

八月四日(木) 古今東西のスピリチュアルに通ずる者曰く、おれの背後には限りなくタコスっぽいシルエットの守護霊がついているという。

八月五日(金) それは喫緊に迫るものではなく、さりとて度外視にも当たらないライトな便意にいざなわれてキャロットタワーのトイレへ。唯一の個室はすでに人があり、しばらく待っていると内側からノックがする。凝り固まった社会通念を叩き壊されて動揺。「います」と言って精一杯でした。

八月六日(土)  実家のおかんより甥が大きなトノサマバッタを捕獲したと写真を送って寄越した。その大きさがわかるようにタバコを横に添えるというのは今や昔、嫌煙の昨今ではボトルガム辺りが適当だと思っていたがブナシメジはないでしょうよ。

八月七日(日) 池尻のイタリアンにジョルジオ・キンタマーニというピザ職人がいるのだが、生地をこねくり回す際に心のどこかで「ちゃんと手ぇ洗ってんべな?」と思ってしまう極めて無礼なこちらの気持ちもしっかり石釜で焼き上げて昇華してくれる。いつもありがとうございます。

八月八日(月) もう亀田錬太郎でも亀田ピチピチギャルでも構わない。そんな荒む夜にはひねり揚げをさらにひねり上げるより道はなし。

八月九日(火) 世界で一番美味いものはカレイの西京焼きということで異論はないだろう。スポーツ、レジャーに持って来い、果ては犬小屋の屋根を雨風から守る為の屋根をDIYする義父の背を見ながら頂くのもこれまた味わいに深いだろう。

八月十日(水) ある公共施設の関係者から「急に空きが出たので何か講演しませんか」と弁の立つ聡明な男に連絡が入った。彼は一晩の思案を経て「ライフセーバーのはとこが教える水難事故防止術」というタイトルを打ち出すも「思いの外に岸も間柄も遠いよね!」と未然に気づく。さすが聡明である。

八月十一日(木) 夏。昼下がりのうたた寝。球児の打ち鳴らす金属音。夢の中で和尚より「お前はなんちゅう鐘の打ち方をするんだ!」と右フックを頂戴する。

八月十二日(金) バンドに携わった者なら一度は耳にする言葉。部外者からの「じゃあ俺カスタネット〜!」という言葉。ギャグにしてはつまらな過ぎるし本気にしては覚悟がなさ過ぎる。

八月十三日(土) 写真集『九龍城探訪』を紐解くとき決まってジョイ・ディヴィジョンは『Disorder』をかける。心の成田空港より心の旅客機にて心の海外旅行へ。心の機内食をいただき、心の糸ようじを使い、心の背もたれを倒して心地よい心持ち、真心こもる心のCAのおもてなしと心温まる映画鑑賞、心なしに食い込む心のパンツを心ゆくまで直し倒す。しばらくの夢心地に耽り、写真集を閉じて余韻に浸れば心は自由に不自由を知り、心は不自由に自由を知る。

八月十四日(日) 夕暮れ時、小道一本挟んでギリギリ世田谷区民になれなかった男に電話をする。「今何してんだオラ」と尋ねたところ「免許の写真にボールペンで増毛を」という。

八月十五日(月) 先客の初老男性が焼き鳥を焼く大将に向かって「あとパンチパーマのコメンテーターも」と追加注文。受けて大将が「あいよ!」と威勢良く返したところからこちらの重篤な空耳でしょう。

八月十六日(火) キャロットタワー下の喫煙スペースに集う人々が全員ニューバランス。いや!孤軍奮闘ダンロップが一名いますね!これはもうアンバランスだ!

八月十七日(水) 近頃車内にて久宝留理子の『男』をよく聴く。音割れするほどに音量を上げてはボルテージを高めて「私はあなたのママじゃないのよ!!」と前の車に向けて咆哮に及ぶ。

八月十八日(木) ミラーボールを天井に設置して日本のどこかで発せられる「マドレーヌ的な?」という言葉に反応してゆっくり回り出すシステムを構築したい。その暁には僕と踊りませんか。

八月十九日(金) バスを待つお坊さんの風呂敷から木魚がチラリ。えっろ。

八月二十日(土) 湯船に浸かりながらオリジナルの日本酒を作ったのならその名はいかにと思案する。志ん朝さんのお言葉には「酒は命を削る鉋」とある。ならばそれに倣いてポンと一文字に「鉋」というのはどうだろう。キレの良い辛口のごとくタイトな上に皮肉味もしっかり効いており我ながらに非の打ち所がない。するとつい嬉しくなり日本酒好きを公言する男にその命名の良否を問うた。「うん、鉋、いいね。全然関係ないけどリュック・ベッソンってカステラを紙ごと食いそうだよね」との雷撃的な返答に鉋が刃こぼれを起こしたような心持ちに至る。「全然関係ないけどリュック・ベッソンってカステラを紙ごと食いそうだよね」という名の大吟醸。長いネーミングの割りになんの意味も残さず、それはすなわち翌日まで酒が残らないという漢気プロミス。こら完敗だ。そして乾杯だ。

八月二十一日(日) 自分の脇を見て脇見運転をした場合はダブル脇見運転ということでいいと思います。

八月二十二日(月) スーパーのレジにて店員さんが「ポイントカードはお持ちですか」と三十そこそこのスーツを着た男に尋ねる。彼は「ぶっちゃけ無いです」と答えた。いいよ、そんなぶっちゃけなくて。

 

fin