投稿者: rentaro

亀田雷電の誕生秘話

 

三月一日(土) 銀行のATMに並んでいたところ、ようやく順番がまわってきた中年女性が「忘れ物ですよ!」と前客を追って店外へ走りでた。すると次に控えた若い男がその空きに入っていったので「お、ちと待ってやんねぇな」とこちらが止める。すると若い男が「忘れ物を取りに来ただけなんで」という。混沌たる三月の予感。

三月二日(日) 近頃では俺の左ふくらはぎに突かれた白象に触れた者は幸運に包まれると誉れが高い。ある者は近所の空きテナントにケンタッキーが入ったという。またある者は自転車屋の前で自転車のハンドルが根元から大胆に抜けたとのこと。よかったら触ってみてね。

三月三日(月) お前はいつも困ったら「これは……カオマンガイのタレですか?」みたいな顔すんよな。

三月四日(火) 熱に臥せる。昔から熱にうなされると決まってライブ本番5分前の女性アイドルに憑依する夢をみる。振り付けや歌詞も段取りもまったくわからないままステージに放り出される恐怖たるやない。この度も例に漏れずそのような状況にあったのだが、マネージャーの「観客は全員カボチャだと思え。観客は全員お前をズッキーニだと思っている」という一言に救われた。ありがとう、またいつか、熱の中で。

三月五日(水) 釣りに興じるおじいさんが「あててて、指つった指つった」と足先をさすっていた。これはもう「つれますか?」という言葉はかけられない。

三月六日(木) 八雲は和食屋にて鯛めしの土鍋をオープンする間際、隣席を占める男女の会話が耳に入る。「ねぇ、ある日私がゴルフクラブになっちゃったらどうする?」「え、別れる」「ひど!」というものであった。ほっかほかのご飯に寝そべる鯛が「ひどいのはお互い様だろ。女からはゴルフクラブになってしまった自責の念が微塵も感じられない」と苦言の湯気を呈しているようであった。

三月七日(金) 表現の行き着くところに死があるのなら死の先にも表現があるのだろう。こっち見んなオラ!

三月八日(土) もんじゃ焼きをスリー・トゥー・ワン・ゴーでひっくり返そうとしているウディ・アレン系の外国人、発見。

三月九日(日) 物事は過ぎ去ってゆくが、過ぎ去っているのはこっちかもしれないぜ。千円くれよ。

三月十日(月) 聴き手に対して図々しいぐらいに想像を委ねてくるものが良い音楽なのです。あ、そんなんいったらエンタメ全部か。

三月十一日(火) 見返りトレーナー美人。

三月十二日(水)  愚行を繰り返さないためには愚行を繰り返す必要があるんだな、これが。

三月十三日(木) んん、なんでしょう、フォークリフトのツノが二本ありますわね。それが外側にウィーンと伸びるタイプがあるとして、二本のツノに通された愛する女のおパンティーが今まさに引き裂かれようとしていると。決していい気分ではないが「あぁ!やめろ!やめるんだ!」とまではならない。今、そんな気分です。え?フォークリフトを操る者が愛する女だったら?知るか!知るもんか!

三月十四日(金) 野郎ならきっと理解してくれるであろう。女の肛門は思春期のエロ本より見慣れている。そのせいか時々AVなどで希少な男の肛門を目にすると「ファオ」ってなるよな。ひとりにしないで!

三月十五日(土) コンビニの前でタバコを吸っていたところ、おばあさんが友人であろうおばあさんに飴を勧めたのだが手提げに飴は入っておらず、結果として友人であろうおばあさんから飴をもらっていた。この一連の事象はタイムマシーンの原理に有用なのではないか。関係各位様、ご参考まで。

三月十六日(日) 今日も語源のよくわからないものは大体フランス語だという世界に生きて死ぬ予定。

三月十七日(月) ある男の独白によると小学生時分にとても怖い夢をみて真夜中に絶叫したという。すると真っ黄色のニッカポッカ姿の母親が彼の部屋に駆けつけたという。夢も怖かったが今思えば親父の性癖こそ恐れるべきだったと少し取り乱した。

三月十八日(火) 渋谷へと乗車したタクシーの運転手がポセイドン級になまっていた。そこから察するにずばり的中、やはり地方から出てきたばかりで道がよくわからないという。今更ガタガタいっても男の名折れだとこちらは時の流れに身を任せた。運転手がカーナビに向かって「あ、しぃぶやだぁ」とのアナーキーな音声入力を行う。俺はこれから群馬県は芦生田(あしうだ)まで連れて行かれるのだろう。

三月十九日(水) 駒沢の焼き鳥屋にて「大谷翔平の願いはただひとつ。自分より野球が好きな人間に出会いたいだけなんだ」と若人に語ったところレモンサワーを吹き出した。さらにそこへ「寂しいの。彼は寂しいのよ」と付け加えれば女中さんが小鉢を床に落とす。ねぇ、こっちは真面目にいってんの。

三月二十日(木) どうやら運転免許を取得したばかりの方に限らず、何年経っても高速道路での合流が苦手だという方が巷に多いようであります。そこで差し出がましいようですがひとつ助言をさせていただきたい。「よよ米倉涼子は…プライベートで楽天モバイルを使っているのかな……?」などと弱気に合流ポイントへ臨んではならない。そこはもう「使う訳あるかい!」という強い気持ちに切り替えてアクセルを深く踏み込むことがなにより肝要となるのです。

三月二十一日(金) 宇宙は膨張の末に鉄屑へ回帰しようとしているそのさなか、ある男は小さな丸いシールにせっせと「む」を書き込んでいた。貴様は一体なにをしているのだと尋問したところ、ながらく信奉する宮本武蔵にまつわる念願の個展をギャラリーの空きにより急遽開催する運びとなった。だがなけなしの金で慌てて外注にかけたポスターが大変なことになっていたという。宮本武蔵のふりがなが「みやもとまさし」と印刷されていた。な、なんか手伝おうか?ん?

 

fin

しばりしばられ虎ロープの唄

 

二月一日(土) 心ある者が拾い上げたのだろう。ポストの上に一本の鍵がのっていた。そのタグには「来客室&社長室」としてある。想像するに居場所を失った社長と来客はパチンコ屋への両替にでも駆り出されるのではないか。

二月二日(日) 巷のファッションフォトには横を向いて写る者が多い。撮影中に何をそんなに見ているのか。ママチャリのケンケン乗りが上手くできないジェット・リーでもいるのか。

二月三日(月) 富士そばのスタッフオンリーと記された扉からジュラルミンケースに熱々の蕎麦をのせた外国人紳士が出てきた。思うよりも世界は広い。

二月四日(火) 粗忽にもアーモンド小魚をすべて床にぶちまけたとき「言葉とはその意味を限定させて思考の無尽蔵な広がりを断ち切るツールである」と考えついた。しかしそんなものはとうの昔に考え尽くされており、その先人方はとっくに生まれてとっくに死んでいる。干からびた小魚が二匹、人を示している。

二月五日(水) 「ねぇ!たい焼き屋さんの前で待ち合わせって言ったわよね!?私ずっと待ってるの!早く来なさいよ!もうどんどん焼き上がって」と電話の向こうに憤怒する中年女性をみた。

二月六日(木) まぁインプットとは誰かのアウトプットなのですがね。なに見てんだコラァ!

二月七日(金) 日本酒の試飲会なるものに出席。獺祭スパークリングがよい仕事をして酩酊。袖を接した知らぬ男と「よくわからないことを言ったら勝ちゲーム」に興じる。彼は「ファミリーポンセ」といった。「あぁ、これは明日の夜中に効いてくるやつだな」と思いました。

二月八日(土) 俺が女子高の校長ならば制服は廃止、ピアスや染髪などの校則は撤廃する。その代わりにありきたりな格好では門をくぐらせない。喪服にヤンキースキャップ?んん、そこは白無垢にヘッドギアかな。でもいい線いってんわ、うん。

二月九日(日) ギターで殴ればそらもう打楽器なのよ。そうなのよ。

二月十日(月) マイアミ・ソウルの名曲であるTimmy Thomasは『Why Can’t We  Live Together』。その素朴なリズムの反復は人々が願う穏やかな日々のこと。なんだかしんみりしたのでちょっとバランス取りますね。まんこ。一応まんこ。

二月十一日(火) 世界最高レベルの解析能を有する電子顕微鏡の製作に携わっていた方との懇談に恵まれた。「最小の世界は最大の世界と同じだというのは飽くまで感覚的なものですか」と問わせていただいたところ「構造的にそうでないと辻褄が合わないというのが本当です。そしてそれ以上考えてはいけない。絶対にいけません。頭がおかしくなる」とのこと。そして「だから私はいつもポケットにぷっちょを忍ばせていました」と仰られた。おそらく現世の実感を保険的にそこへ置かれたのだろう。確かにバブリシャスでは強すぎる。貴重なお話をありがとうございました。

二月十二日(水) キノコ鍋にあたり、三日三晩苦しみ、それが回復したのち、テンションが上がり、髭面に赤いキャップを被り、公園の土管に入っていった年上の方は、それはもう泣ける程にマリオでした。

二月十三日(木) 落ち着いて聞いてほしい。貴女には自転車のスタンドがしばらく乗ってから上がり切る現象の名付け親になってもらいたい。

二月十四日(金) 顔なじみである耳の遠いホームレスのおじいさんに「今日はバレンタインだけどダンボール何個もらったのよ。この色男が」と他愛もない冗談を飛ばしたところ「先週はダンボール三枚もらったよ」とのこと。

二月十五日(土) んな同窓会の発起人をするような育て方をした覚えはありませんよ。

二月十六日(日) んな己の個性を眼鏡のフレームに全て注ぎ込むような育て方をした覚えはありませんよ。

二月十七日(月) 性行為の快楽とは創造主の妥協なのだと仮定してみる。やめてみる。

二月十八日(火) 上馬の交差点にてバイクと車の事故を目撃する。こちらもそのような経験が何度かあり、あの当事者が受ける独特の血が引くような不快感は表現に難い。それでも個人的な独断で言い表せば焼いたレバーにパクチーをのせたものをオーバーオールの肩紐を片方外した汗だくの伊藤英明が持って来たような。

二月十九日(水) TOKYO CITYは風だらけ

二月二十日(木) 財布をなくして落ち込んでいる年上の方に「やはりUFOにも半ドアとかあるんですかね」と問うてみれば「そらありますよ!」という力強い即答をいただきました。

二月二十一日(金)「妻の実家で無口な義父と二人きりで観る駅伝中継ほど辛いものはない」と新婚の男が吐露におよぶ。無言が続く緊迫の中、義父が「すごいねぇ。自転車より早いねぇ」といった。受けてその男、動揺より咄嗟に「ヴァス!」という日本語にはない返答を発してしまう。そしてその声を聞いた義父は昨年末に天に召された犬の小屋の方をみたという。

二月二十二日(土)「選ぶ」とは「え、ラブ」ということさ。

 

fin

鋲を打つ、生きている、鋲を撃つ

 

一月一日(水) 明けましておめでとうございます。ひとはみな心のどこかで桃を求めて生きている。OK、今年もよろしくお願い申し上げておきます。

一月二日(木) 昨年末は聖夜を跨いだ晦日まで北海道に過ごしておりました。誘われるままワカサギ釣りに興じては素人竿の小一時間でバケツが真っ黒になるほどの釣果があり、新年を迎える野趣に富む験としてそれはそれは豊かな時間でありました。ただひとつ、宿の方がこんにゃくゼリーを「マンナンライフの蒟蒻畑」とフルネーム呼称していたのが多少気になりましたが。

一月三日(金) 家宝であるマサ斎藤のフィギュアをウェットティッシュで拭き清める。鎖骨に溜まったほこりにはやはり綿棒が有用だと思い至り、一応その容器に目を通す。「本品はマサ斎藤のフィギュアにおける鎖骨部のグリッという快感を伴う清掃にはご使用なさらないで下さい」との注意書きはない。

一月四日(土) 聡明な方の無礼さとはやはり聡明への帰着を思わせるものです。

一月五日(日) 正月気分も倦む頃合いで「ハミチンの責任所在はどこですか?」をウェールズ語に変換したところ「Ble mae cyfrifoldeb Hamitin?」とのことでありました。

一月六日(月) 「訳もない不安や悲しみは訳もないこの世界への対価なのだ」とでもいいたげにマイパンツがお隣のベランダに佇む。

一月七日(火) 浅草は老舗煎餅店。「割れやすいので気をつけてお持ちください」と女将が一礼に添えた。そこで不躾にも「過去にブッチャーの額か!と突っ込まれたお客さんはいましたか」と尋ねたところ「いました」とのこと。ははぁ、さすがは老舗である。

一月八日(水) 近頃はロシアの宗教音楽を聴いている。パイプオルガンの尊厳たる響きが寒の内に溶けてはよく似合う。ベランダより見下ろせば寒のさなか何が悲しくてTシャツにハーフパンツ姿の外国人がガリガリ君を食っている。これもまた理解の届かない異国文化に似合うと捉えれば新春の心を乱すことなし。

一月九日(木) コンビニで「タバコ、202番ください」と申し出たところ「いいですよ」との返答が。深い、深すぎる。

一月十日(金) 「昔、好きな人の苗字に自分の名前をつけてよろこんでいました」と若女が頬を染める。それならこちらにも心当たりがある。水の流れもとまる丑三つ時、ノートへ「MAX亀田レイナ」と書き綴り大いに血迷った十五の思い出。MAX亀田とは。

一月十一日(土) 諸行無常の浮世にいつまでも慣れないものに力強い価値を感じる。身近なところで千円カットに通う男の髪型。すぐに手渡してくる覇気のないトルコアイス屋かと思いきや受刑者のようでいて刑務官のようでもあり、わからないが80年後のAI外務大臣ヴァキ村タモッチャン(TYPEーII)氏のような髪型をも思わせる。慣れないわぁ。力強いわぁ。

一月十二日(日) 遊歩道にて腰をかがめて延々と草むしりに勤しむおばあさんをみた。「いよいよ明日からドームツアーですね」と声をかけてみたい。やはり大観衆を前にしても延々と人工芝をむしるのでしょうか。

一月十三日(月) 湯船に浸かり昨年末の北海道を思い返す。あぁ、そういえば釣り人が描かれたご当地顔ハメパネルにどこかの釣り人が奮って参加してたなぁ。

一月十四日(火) ベロンベロンに酔い潰れた年下の者に「なにか言い遺すことはないか」と尋ねたところ「チャンネル登録お願いします」だってさ。

一月十五日(水) あなたの死も誰かのエンターテイメント。

一月十六日(木) 「今だから笑い話だけど」と前に置いて女は話し始めた。なんでもその昔、夜道で外国人の暴漢に襲われたことがあるという。うしろから羽交い締めにされて「パンツ!ハケ!パンツ!ハケ!」と脅されたらしい。

一月十七日(金) 企業の面接官は履歴書ではなく、証明写真機のカーテンを閉める科の作りや座高を合わせるために椅子を回転させる微細な所作にその者を見るべきだと思います。

一月十八日(土) 紫と橙が溶けて混ざる幻想的な夕暮れを前にこのような心に生きていた。「人はフリスビーで人を殺めることなど出来るのだろうか」と。散々に思案したところを申し上げますと、ごめんなさい、冠動脈バイパス手術中に心電図をフリスビーで隠すより思い浮かびませんでした。

一月十九日(日) 志ん朝さんが耳に脂っこく思えた。間違いなくこちらの変化ですが。間違いなくまた戻りますが。

一月二十日(月) なにかこう、物事の寸法に合わず、これにまた頼りのなさも兼ね揃えた場合、角を立てぬ物言いとして「童貞の腕枕」とはいかがでしょうか。

一月二十一日(火) 長年に培われたスキルを持ったまま初心に返るだなんてあなたはもうヤクザだ。

一月二十二日(水) やはりハンバーグ軍艦のように生きると決意した男はどこか違いますよ、えぇ。

一月二十三日(木) あなたの心の中にチャコペンは何本ありますか。いやマジで。割とマジで。

 

fin

 

十二月一日(日) 除夜へたどる月初め。ある男がベランダより妻の駐車シーンを眺めていたところ、車は切り返しの不意なはずみでキックボードの少年を引っ掛けてしまった。動転した彼は冷凍庫よりパリパリバーを三本もって現場へ駆けつけたという。なんでみんなで食うの。

十二月二日(月) 人は皆、およそ七年の周期で「おじいちゃんが山を持っている」という者に出会い、夜々という山々を越え、忘れてゆく。

十二月三日(火) しあわせになりたいのならまずは歯ブラシのヘッドを小さめにせよ。

十二月四日(水) 思い返す先月のこと、首都高を走行していると助手席の者が鉄火巻きの醤油をもらい忘れたといった。そのときカーラジオより「醤油を積載したトラックが横転」との事故情報が入る。場所からしてそう遠くはなく、一瞬マジで行くだけ行ってみようかと思いました。

十二月五日(木) ガストの配膳ロボが床に落ちたおじいさんの帽子を最敬礼のごとくに最徐行を以てして踏み倒しては尊き労働の本懐をみせた。

十二月六日(金) レゲエバー、デリック・ハリオット、ルーザー、深刺、貫通、結果、なにもない、夜。

十二月七日(土) 路肩に停めた軽ワゴンに仕出し弁当を積み込む者たちをみた。荷台を最寄りとする男がバスケのピボット的な動きで獅子奮迅の大活躍。それは学生時分に一生使わないモノとして挙げた「因数分解」に次ぐものがあっけなく崩れ去る瞬間であった。

十二月八日(日) 今日も日本のどこかで恋人たちが神社に参り願を掛ける。「何をお願いしたの?」と男。「ん、秘密」と女。そのやりとりが発生する度に俺のメガネのレンズがどんどん分厚くなるのでやめてくんない!?

十二月九日(月) 深夜にトイレ。炊飯器ゆっくりオープン。めちゃくちゃ怖い。それが食いしん坊の幽霊だとしても。それが親の仇のように切れ込んだTバックの幽霊だとしても。

十二月十日(火) こちらが朝な夕なに敬してやまない男塾々長江田島平八の「男なら幸せになろうなどと思うな。幸せになるのは女と子供だけでいい。男は死ねい!」というお言葉をそのまま首回りに彫って欲しいと彫り師の方に相談したところ「それは少し考えた方がいい」とのことであった。その方曰く、過去にもう一名とめた者があるという。それは米国の方であり眉間に「缶」と入れて欲しい、との要望に。

十二月十一日(水) 「恩返しこそ最大の利己である」とでも言いたげに激しくねじれてカッチカチに固まる海パンがベッドの下より発見される。

十二月十二日(木) 「ビールにリアルゴールドを混ぜると美味しいですよ!」などと若人がぬかす。「んな甘ったるいもん漢が飲めっかよ」と振り払いつつ密かにトライ。おいち。

十二月十三日(金) 今年唯一泣いた出来事はひどく貧しい少年時代を過ごした男がもたらした。彼は中1のころ弟のために映画ターミネーター2を友人の話から紙芝居に起こしたという。その現物がまだあるということで表紙の写真を送ってもらったところ「タ〜ミネ〜タ〜2〜」とした筋弛緩剤のようなタイトル表記は弟に対する緊張の暖和が感ぜられこちらの涙腺まで大いに緩ませた。その下には食の細いお坊さんのような人物が真っ黒い棒を持ち、なんと絵にも関わらず目が半開きであった。そして中央に位置なすは人類史上もっとも短い半ズボンの男児が歯茎をすべてむき出しに万歳している。その横では鼻の穴が完全に開き切った大失敗パーマの女性が中腰にてカメラ目線。「これはもう敵のターミネーターは来ないのではないか」という落涙も我ながらに無理もなく。

十二月十四日(土) コーヒーショップにて若いカップルが喧嘩に至らないまでも会話に小競り合っていた。そのうち女が息巻いては「だからこれが渋谷でしょ!?」と小さなテーブルに大きなリュックをのせた。大丈夫か、その道案内。

十二月十五日(日) 冬の平塚海岸は冬の平塚海岸であった。そぞろ歩く波打ち際。「はい、今の波、覚えたから」とつぶやく。それは波にとって不本意なこと。

十二月十六日(月) 若きパンク野郎と意見を交わす。この久しい飽和時代においてもはやドラッグ、刺青、犯罪、自殺では狂気の表現に幅が利かないと意見は一致する。ならばとこの先の展望を語らせたところ「なんすかね、もう早寝遅起きぐらいしか」とコンバースの靴先に視線を落とした。うつくしい。

十二月十七日(火) とあるニュースサイトに「相方の○○さんのお父さんのお葬式の時の」という「の」を湯水のごとくに用いたコメントをみる。一応「漢委奴国王の金印の行方かな!?」というツッコミを入れておきました。ふぅ。

十二月十八日(水) この先の人生はドヤンキーと超ヤンキーの違いを解明するにこの身を捧ぐ、というのもそう悪くはなさそうだ。

十二月十九日(木) 真夜中にリアルゴールドビールをあおり、まっっっったく知らない女の「ご好評につき鞄の中身大公開第二弾!」をYouTubeにて。

十二月二十日(金) 桜新町はとある一見の町中華。注文するものがことごとくに美味い。酒の興ものる会計時に「地球最後の日に食いたいほど美味い!」とおかみさんに伝えたところ、真顔で「地球最後の日は営業しません」とのこと。いやぁなんだかピリッとしたお土産まで持たせていただいて。

十二月二十一日(土) もう「亀田眉間を縦に擦ると止めどなく皮膚がポロポロ剥がれ落ちる太郎」に改名しますね。

十二月二十二日(日) 巷では「心配事の95%は現実には起こらない」と語られる。そのもっともらしい無責任な発言こそが的中の5%じゃオラァ!

十二月二十三日(月) とある商社に宮仕えする男曰く、通うヘアサロンにて美容師の話を適当に受け流し続けた結果「たい焼きを食べたことのない元プロゴルファーの牧師」というもはや引き返せない肩書きとなっている。

十二月二十四日(火) 羽田に向かう車窓より思いを馳せる。もしもわたしが育毛業界に従事する者であればこのようなネット広告を出稿するであろう。まずはスマホの画面上に一本の髪の毛を出現させて「ん?」という意識の移行を図る。それはいくら息を吹きかけても飛び去ることなく、髪をタップした瞬間に弊社サイトへ誘導されるものである。なんのこっちゃ。あ、来年もよろしくお願い致します。

 

fin

逆さ鯨、というそれっぽさ。

 

先月に綴った南知多ビーチランドのくだりに強い反応を示す者が近くにあった。

彼はいわゆるZ世代に生息しており、すべての関心事はスマホに内在しているものかと思いきや、日本中のテーマパークをことごとく制覇すること飽き足らず、ついには全国津々浦々の水族館や動物園にまでその触手を伸ばしている。

そんな彼のテーマパーク愛は極まるに際限なく、遠路はるばる勝手に赴いては視察を行い、頼まれもしない改善点をまとめ上げたものを本社へメールするという前世がまったくわからない作業にライフワークを見出していた。

直近では福井に在する芝政ワールドへ「先日レストランのパイレーツカレーを頂いたのですが、あの程度のボリュームでは海賊感に大きく欠けると思います。早急にご対処願えれば」との海賊も二度見するような脅迫メールを送りつけている。

「もうお前こそどっかのテーマパークで働けよ」

「でも好きなことを仕事にすると嫌いになってしまう可能性があるので」

「まぁ、そうか、そうね。え、過去にお前の助言が形になったことってあんの?」

「いえ、ないです。むしろ部外者の提案をすんなり聞き入れるようでは未来はありません」

「試してんだ」

「はい、いつでも本音をぶつけて試しています。これはもう恋愛です」

彼は言に詰まるこちらを気取ると自らの業を綿毛で慰めるように笑ってみせた。

 

それから数日後のこと、偶然の再会にかの話題も再燃する。

「わかった。もうお前はテーマパークを作れ」

「そんなことできたら最高ですけどね。でもそんな資金などありませんし」

「このマン毛野郎が。だからお前は居酒屋で知り合った外国人から別れ際にコンバンワって言われるんだぞ。とにかくお前の尋常でない情熱が篭った企画書を日本中のスポンサー企業にぶつけてみろよ。おれも協力すんから」

「はぁ、そういうものですかね、いやぁ、わからないですけど、はい」

さて、手始めにして最重要課題であるテーマパークのネーミング作成を紙ナプキンに取り組む。

とりあえずの土台を創業者である彼の苗字をド頭に据えた「米村パークランド」としてみたが地味過ぎてボールペンのインクが出ないというアクシデントに見舞われる。

仕切り直して「米村JOYパークランド」と新規に書き出すがそれでも地味の方で足首をつかんで離さない。

ならば大胆にも苗字の一部を変えて「米田JOYパークランド」と綴るも瞬く間にその意義を失う。

もうほとんど洗剤だけれど「JOY」はどうだろうか、はたまた自棄っぱちの「ディズニースィー」などはいかがであろうか。

「ヨネムランド」は書いた瞬間に取り消し線を引いた。

「こら埒が明かねぇやな。おし、もうお前の好きな言葉から広げてみんか。お前は一体何が好きなんだオラ」

彼は宙を見つめることややあって「硬めのパンですね」といった。

 

ネーミング作成はひとまず寝かせておき、やはりテーマパークとはシンボルキャラクターにその肝要がある。

「ちなみに全国で好きなキャラクターとかいんのか」

「岩下の新生姜ミュージアムのイワシカちゃんです」

「マントヒヒ界のオールドルーキー?」

「いえ、岩下の新生姜ミュージアムのイワシカちゃんです」

彼のいうままにその場でググってみたところ、着ぐるみのピンクの鹿が直立を披露して前足で愛嬌を示していた。

「まぁ可愛らしいけどそれだけじゃインパクトに欠けるな」

「いえ、この可愛らしさは客層に沿った歴とするインパクトなのです」

その返答には強まる語気があり、つい忘れていた彼の灼熱たるテーマパーク愛を素手でつかんでしまったような心持ちがした。

「じ、じゃあどうすんよ。やっぱり動物系になるのか」

「しかし動物のキャラクターはもう世界中に使い尽くされていますから」

それから諤々と意見を交わし合うにつれこちらの苛立ちは募るばかりであった。

「じゃあもう融合だ融合!時代はハイブリッドよ!馬とサメみたいな!」

そこで彼のつぶやいた一言がこちらの苛立ちを最大限に燃え上がらせる。

「キックボクシングにボクシングを融合みたいな」

「うぉう貴様!それは豚骨醤油に醤油を融合させてるようなもんだろ!ただひたすらにしょっぺぇな!もはやお前を怒るよりお前の親父の金玉を怒りたいです本官は!」

 

テーマパークのネーミングに次いでシンボルキャラクターの制作に頓挫すると立ち込めるのは暗雲と決まっている。

だがしかし、彼はこのような状況でも決して諦めなかった。

「では園内スタッフのユニフォームを決めましょうか。気分を変えて」

「んなん革ジャンの上からスクール水着でいいだろ」

こちらのひどく投げやりな発言も丁寧に拾い上げて健気に書き出す彼の姿はある種に暴力的であった。

「柔らかく優しい色合いのつなぎなんてどうですか。ベージュ、もしくは薄ピンクのような」

「つなぎねぇ。マジレスすんとつなぎはトイレがしにくいのよ、女なんて特に」

それから一時間以上の話し合いを経た結論とは「動きやすい服装で」という運動会の保護者的な装いに落とし所をつけた。

「ちょ、もうあれだ、一旦まとめてみんべ、仮で」

「えーそれでは発表します。米村ローリングスポーツマンシップス、シンボルキャラクターはマントヒヒのキックボクサー、その名物は硬めのパンにしてその元で働く者たちは皆一様にどこまでも動きやすい服装である、と」

彼はそう言い終えると喜びを拍手に込めてほがらかな笑顔を未来へ向けた。

後手にしてこちらも追っては拍手を重ね、このようなことを思った。

「目の前の者を喜ばせることが出来たのならそこはもうテーマパークなのではないか」

我ながらくすぐったく、咳払いをひとつ。

 

fin

蓄光のソフトボーンズ

 

十月一日(火) とても純粋な男がいる。そんな彼の携帯には夜な夜な橋本環奈より「何も聞かずに四万円振り込んでください」との無心メールが来るらしい。だが彼は彼女の人生を親身に思い、心を鬼にして返信はしていないとのこと。

十月二日(水) 何はさて、南知多ビーチランドは海底探検の入り口よ。

十月三日(木) それはあたかもカラオケで気の利いたバラードを熱唱している最中に次曲の登録に勤しむ者が女性ヴォイスボタンを押してしまいテーブルがぶっ倒れるような心持ちであった。

十月四日(金) 何気なくYouTubeを覗いていたところ、どうやら今日日の欧州では日本の犬が大変にもてはやされている。「ほん」などとつぶやいて展開を追ってみると「カメ」と名付けられた秋田犬のメスの赤ちゃんが登場する。「犬じゃ!」との反射的な突っ込みも入れつつ、あれよあれよと赤ちゃんは里子に出される運びと相成る。引き取り手のおじさんは「ジョナタン」という。「は?ジョナサンじゃねぇの?なになにジョナタンって!お前はもうアレか!お前はもう女子校の舐められた教師か!」という長い突っ込みの舌の根も乾かぬうちにさらなる悲劇が巻き起こる。そのおじさんは慈しむ眼差しで「ナオキ」と命名した。メスじゃ!

十月五日(土) 混沌の中に真実があるのではなく混沌そのものが真実だったりすんから困るよな。や、全然困んねぇか。

十月六日(日) 目の前に配膳された二つの半チャーハンに戸惑いを隠せない年上の方をみた。

十月七日(月) 「俺は世界で一番頭が悪いと思って生きてんの。その方が楽だから」と若人にアドバイス。受けて彼は「じゃあなんで世界で一番頭の悪い人にアドバイスされなきゃならないんですか」と口答え。そらもうビンタですよ。やっぱり最後は暴力ですよ、えぇ。

十月八日(火) 宅配ピザを頼んだところ、かなりお年を召された方と東南アジア系の若者がやって来た。「クイズ!新人はどっちでSHOW!」が急遽開催される。

十月九日(水) 常に調子の良さそうな男に普段の心がけを問うた。すると何やらシトルリンなるサプリを摂っているという。しかしどうだ、漢がちまちまサプリなど飲んでいては末代までの恥ではないか。そこで食物に摂れないものかと相談を向けたところ、これは突出してスイカがいいらしい。「いやぁでもスイカは時期があんじゃん。ほんでスイカジュースにしても俺アレ嫌いなのよ」とのこちらの面倒な返答にも彼は日々にシトルリン効果を享受してか苛つくことなく最善の案をこちらに提示した。なんかね、毎日きゅうりを57本食えってさ!新聞載るわ!

十月十日(木) 本日が目の愛護デーであることはいうに及ばず、本日は布団の日でもあり窓ガラスの日でもあり転倒予防の日でもある。そら「布団干すべ」なんつって窓開いてないのに突っ込んで転ぶわ。

十月十一日(金) Tシャツひとつにしても純白に臆して生成りやアイボリーへ逃げる繊細さが時として漢には必要なのです。

十月十二日(土) 大勢の人にとって、今日はその日ではない。

十月十三日(日) 古代インカ神話におけるクスコ王国初代国王であるマンコ・カパックの研究が一向にはかどらない。本当に申し訳ございません。

十月十四日(月) 「馬刺しと私どっちが大事なの!?」と詰められる。

十月十五日(火) 冬がシガーロスを連れて来るのか、シガーロスが冬を連れて来るのか。

十月十六日(水) 若女に「一日だけ男になれるなら何をする?」と尋ねた。すると「手当たり次第ギャルを一日中ヒーヒーいわす」との粗野に力強い返答があった。「でも体力的にしんどいだろ。もうその辺のしゃもじとかも使っちゃう?」との問い掛けには「しゃもじもリセッシュの角も使う」と息巻いてみせた。日本の未来もまだまだ捨てたもんじゃないぜ。

十月十七日(木) ある男が神妙な面持ちで「実は私、タイムマシーンで2025年からやって来ました」との白状に及ぶ。なんでもいいけど未来サイドはよく出発許可出したな!

十月十八日(金) いずれは映画、漫画、小説の類は錠剤として飲み込むことでその世界体験を味わえるのだろう。だがロキソニンと併用した場合、登場人物の心の痛みまで抑えられてしまうのではないかという個人的な懸念がございますです、えぇ。

十月十九日(土) トーキングヘッズの『Remain in Light』を聴きながら眠るとサイケな夢が見れると聞き及んでは実行。梅沢富美男がチンパンジーの上唇がひっくり返る度に少しキレながら手で戻していました。

十月二十日(日) 「テレビが次の日の話題であった世代はこれより先、画面上に認識していた方々が次々とお亡くなりになるという心揺さぶられるツケを支払わなければならない」とでも言いたげにひん曲がるママチャリのサドルをみた。

十月二十一日(月) 印象の売り買いは可能なのだけど、印象を売り買いしたという印象も引き受けなければならないよNE。

十月二十二日(火) 漫画喫茶で漫画喫茶に行く夢を見てんじゃないの。ね。

十月二十三日(水) 「うちの奥さん今父親の看病で和歌山の実家に帰ってるんだけど、あんまり調子が良くないらしくてね。夫としてなんと声をかけていいものかわからないんだけど、戻り次第アヴリルラヴィーンのガールフレンドって曲のドラムを教えてあげてくれない?」という幻のような頼み事があった。

十月二十四日(木) 真夜中、自販機がこちらを認識して照明を灯す。この世界は俺が創り出した幻想ではないのかも知れない。恐怖、安堵、がぶ飲みメロンクリームソーダ、売り切れ。

 

fin

溺れる者はバナナバウムをも掴む

 

九月一日(日) 後ろから肩をたたかれ振り返ると「だーれだ?」と自らの両目を隠した女がいた。その独創的なビッグミステイクに戸惑いはしたが何の事はない、向こうの人違いであった。今思い返せば全くの他人であるこちらに全くの他人が与えた「一瞬だけ顔から手を外す」というスペシャルヒントが時間差で切ない。

九月二日(月) すべてが錯覚ならそれも錯覚だという思いも錯覚であり又しても錯覚という錯覚ですら錯覚。

九月三日(火) 物に推し量っては不粋なのだが、人生の出来不出来はその家の客人用布団の有無にある。

九月三日(火) 合羽橋にて食品サンプルの製作体験に興じる。初心者にしては海老に衣をまとわせるのが上手だと先生に褒められたところで続く中年白人男性が震える手でカレーパンのサンプルに衣をまとわせた。凍てる雪山にでも行くのか。

九月四日(水) ふいに若者がテレビを一枚と数えた。もはやテレビは油揚げのような扱いなのだろう。

九月五日(木) や、人生は一度きりなのだから何もしなくてもいいのよ。

九月六日(金) 朝肌に秋の微触、ラジオDJが力強く終了しているイベントの告知をカマす。

九月七日(土) まぁ、なんだ、その、他人の個性は迷惑ですよね。

九月八日(日) 近頃では暖簾に高じて通り掛かる店先を見入る習慣に生きている。それが汚れているほど繁盛している道理にも感銘を受けては芹沢銈介の作品集まで触手を伸ばしているところ。

九月九日(月) バイオリニストである葉加瀬太郎氏が神経症を患い「パピプペポが言えない」とのニュースに際する。病は自然なことでありアイス・ラテを吹き出したこちらの反応も自然なこと。

九月十日(火) かんかん照りの世田谷通り。十字架のネックレスを下げてネットに入ったにんにくを携えた若い男とすれ違う。もうなんかドラキュラに対する配慮がなさ過ぎだと思います。

九月十一日(月) マシュマロにまったく興味がないことで逆にマシュマロからの興味を引いてしまっている気がしないでもないような気がしないでもないようで気にしないように気にしてはやはり気がしないでもないような気がしています。

九月十二日(火) 巷に聞き及ぶ尿管結石の尋常でなく最早わけのわからない痛みは「野良犬に給料明細を見せるような」とここに形容させていただきます。

九月十三日(水) 自分より劣る人間しか愛せないの巻。

九月十四日(木) 「モンキーバナナという物があるのだから猿が普通のバナナを食ったら怒りますよ」とでも言いたげな理不尽な豪雨に見舞われる。

九月十五日(金) 偉人の格言が全く頭に入らないのも偉人が成せる驚くべき配慮なのでしょう。

九月十六日(土) 年下の者に「お前なら段ボールを使ってどう自殺する?」と問うた。彼はこちらをしかと見据えて「段ボールに入ったコブラに噛まれます」と答えた。お前何勝手にコブラ発注かけてんのマジで。段ボールクレオパトラがマジで。

九月十七日(日) 今は昔、はなきんデータランドという番組があった。悠久の時を経て同級生が改名を施した「たまきんデータランド」が息を吹き返しては噴飯に至る。くだらねぇのは元よりたまきんのデータは少ないぞぉ。

九月十八日(月) 何気なく社交ダンス教室を覗いていたところ程なくカーテンが閉められた。社交とは名ばかりの仕打ちにBOXステップで対応。

九月十八日(火) いつの日か花言葉を尋ねるようにパンツの色を尋ねられたのなら。

九月十九日(水) パレスホテルにてステーキサンド。「旨いだけじゃ物足りないぜ」との放言が祟り、帰りの扉にサンドされる。

九月二十日(木) 俺は君ではないが君は俺の可能性がある。

九月二十二日(金) ケンタッキーにてセルフレジに困惑する高齢女性をみた。「お先にどうぞ」との申し出を受けるもそれはソフトに排してパネルの操作方法をお教えする。ワンプッシュにつき深々としたお辞儀がついて回り、なんと謙虚なお方なのだろうと思いきや「よくばりセット」をお求めになられた。や、いいのいいの。

九月二十三日(土) 大手術を控える方にアメフクラガエルの尻画像を送ったところ大変に喜ばれまして。

九月二十四日(日) 畏れながら宇宙の創造主は把握されているのだろうか。気心知れた者と飲み交わし、何かの冗談に「もう帰るわ!w」と立ち上がってはややあって着席する一連の営みを。

九月二十五日(月) 近所のおばあちゃんが真っ青なキャッチャーミットを杖でツンツンしていました。ヤシガニの可能性も考慮していました。

九月二十六日(火) 三年前の今頃か、婦警コスチュームに身を包んだ女と事に及んだ。双方即興の才あってか卑猥な取り調べを経て突如お弁当屋を開こうと意気投合。まず二人はオリジンにて修行を積んだ。着乱れた婦警と全裸のこちらで懸命にフライパンを振るう。こちらは全裸ゆえ生姜焼きの脂がはねて「熱ッ!」という細やかな演技も織り交ぜながら。そう、あれは三年前の今頃か。

九月二十七日(水) ある時バカは気がついた。自分はアホなのではないかと。

 

fin

あなたのボンベは昨日確かに見ました。

 

前日の記者会見にて「飛ぶ鳥と飛ぶ勢い」と世間に言い放った気鋭のヴィジュアル系バンド「Purple suicide」が初の武道館ライブを迎えた。

ギタリスト鶴岡八幡Gooの選曲によるシンディ・ローパーのSEが消え、次いで客電が落ちると個々人が一万五千の声援に呼応してどこまでも相乗に湧き上がる。

「TORIKABUTO」の激しく凶々しいイントロが轟き、真っ赤に染まる天井をみつめたヴォーカルJ・I・Nは押し寄せる感動を払い除けてこう思わずには居られない。

「すごいうんこがしたい」

 

最前列の女性客が取り乱して泣いている。

その姿はバンド冥利に尽きるものではあるが、何はさておき俺はすごいうんこがしたい。

すぐ後に控える約三十秒間のギターソロに乗じてトイレに直行したとて戻っては来れまい。

ならばトイレにマイクを持ち込み、前代未聞のうんこをしながら歌い上げるという誰もが不幸になる選択肢も現実味を帯びてきたところでそれすらも許さぬと無慈悲が舞い降りた。

なんと初の武道館に高揚した鶴岡八幡Gooが一曲目にも関わらず己のソロプレイに酔いしれながら行く手を阻むようにしてこちらへ向かって来るではないか。

そして寄り掛かるだけにとどまらず、背中合わせのその身を深く上下に擦りつけてはこちらの排便を促した。

ここで漏らしたのなら「J・I・N」ではなく八代先まで「う・ん・こ」と世間に呼ばれるだろう。

脂汗が冷や汗となり首筋をつたい、極まる不快をシャウトに込めればオーディエンスは大いに盛り上がる。

望んでいたとはいえなんと因果な職に就いたものだ。

すごいうんこがしたい。

 

舞台袖、感涙に咽ぶマネージャー堀田をみた。

彼は心優しく涙もろいが言うべき時は言う男でありメンバーの信頼を一手に引き受ける。

だがしかし、今の俺は我が肛門括約筋だけを信頼している。

もっともこの窮地の内情を知れば堀田はまたしても感涙に及んでは得心に至ることだろう。

二曲目の「IMAWA-NO-KIWA」が毎晩馬車に轢かれる夢をみるドラム立石with youのカウントにより口火を切る。

本来であればこのタイミングでハットを客席に投げ入れる予定であったが、いよいよの最終手段として用いる器として保持すべきだと反射的な判断を下した。

嗚呼、うんこがしたい、うんこをしたい、うんこにしたい、うんこもしたい、うんことしたい。

内腿が震え出せば、膝が笑う。

俺は大衆の面前でうんこを漏らす為にこの日まで生きてきたのか。

大衆は俺のうんこを漏らす姿を見る為にこの日まで生きてきたのか。

 

ベースの破れ鍋に綴じ蓋郎が一万五千人を恒例の悪口(あっこう)で煽るに煽る。

「おいおいおいおい糞野郎ども!!もっと揺らせ揺らせ揺らせ!!使えねぇビチ糞どもがオラ!!」

会場は爆発的な盛り上がりをみせるが、もう俺がピンポイントで怒られているとしか思えない。

それから状況は刻一刻と悪化の一途をたどり、もはやカッターナイフで指先をピッと切ったのならそこからうんこがミチミチと溢れんばかりの体たらく。

だが幸いにして歌詞は自ずと出て来るものであり、それに加えてただならぬ便意による殺気がともすれば外目に映えているのではないかというヴォーカリストの矜恃は辛うじてキープしているつもりではある。

三曲目の「K・A・M・A・K・I・R・I」では武道館中の人々が両手を鎌に大いに弾けた。

その狂乱姿より脳を占拠する強いイメージはその身体にも多大な影響を及ぼすとの触発を受ける。

ならば至急うんこ以外を考えるに努めたい。

「最近ひょうたん見てないな」

するとどうだ、苛烈な便意は強烈な便意へと等級を落とす。

「パチパチと青白く発光する霧状の地球外生命体になぜ甲子園のバックネット裏に陣取る野球少年たちはユニフォーム姿なのか順を追って説明できる人物になりたい」

するとさらにどうだ、身が軽くなったように思えた。

ならばここは駄目押しに最新型IH炊飯器のキャッチコピーでもひとつ捻ってみようではないか。

言わずもがなキャッチコピーとはその時代時代に即したものであるところ、昨今の世界情勢から戦争の加味は必須に思えた。

最前列の泣いていた女性客に耳打ちをする男が目に入る。

なんとなく女性の方にそれを避ける微動が見て取れると「友達以上恋人未満」というワードがひらめく。

最新型IH炊飯器、戦争、友達以上恋人未満の三役が揃い踏み。

「飯盒以上ステルス爆撃機未満」

我ながらなんと秀逸なキャッチコピーなのだろう。

だが炊飯器の蓋がパカと開いた場面を想像するにそれはうかつにもトイレを連想させた。

すごいうんこがしたい。

 

ライブはアコースティックセットに移行する。

もうとにかく座りたかった。

それは初武道館に燃え上がり激しく動き回ったメンバーたちも同じ気持ちであろうことは想像に易く、さらにこちらは椅子に腰掛けることで臀部を密閉してはうんこの無断外出を食い止めることができる。

一旦幕が下り、スタッフが椅子やアコースティックギターなどの準備に入る。

「これはトイレへ行けるのではないか?これはうんこだけに大チャンスなのではないか?」と思いきや、彼らの手際の良さはF1のタイヤ交換ばりに迅速であった。

うなだれながら真っ赤なチェスターフィールドに腰を下ろせば「ンビヴィ!」と尻の下で鳴った。

自覚のない屁、これはもう長時間に耐え抜いた肛門括約筋が限界を迎えたサインに違いない。

何か尻下より異を感じ取る。

座面のカバーをめくり上げるとそこにはブーブークッションが伸されていた。

このようなくだらない悪戯をする者など鶴岡以外に考えられない。

だがおかしなことに奴は汗をぬぐいモンスターエナジーをがぶ飲みするばかりでこちらに注目するそぶりがまるでない。

これは疲労により仕込んでいたことを忘れたのだろう、他のメンバー、スタッフ、幕外の観客にも取り立てた反応はない。

アベンジャーズのような屈強なる便意に胸ぐらを掴まれた者がブーブークッションを尻で踏むというあるまじき惨劇は人知れず過ぎ去っては重ねる惨劇にしてまた過ぎ去っていった。

 

今朝方、母より「お父さんね、熱中症になって今病院で点滴しています」との報を受けていた。

不吉の予兆は靴紐が切れるというが、この度は時間差を設けた尋常でない便意を以ってしてそれに成り代わったのであれば父は今頃どのような状態にあるのだろう。

熱中症など物ともせず自転車柄のブラジリアン・ビキニ姿で陰嚢を放り出しながら女子中学生の自転車のチェーンでも直しているのか。

アコースティックセットはこちらの独り弾き語りに締めとなり、ピンスポットを真上から照らされては超微弱な圧にすら耐えかねて遂にうんこの先っぽが外気に触れた。

爪弾くアルペジオは乱れに乱れ、極まる不安から辺りに一瞥配すも聴く者たちはそれに反して恍惚を浮かべていた。

すべては許される為に存在する。

ならば「うんこを漏らす」のではなく「うんこをする」という前向きな言葉の中に生きていたい。

スローバラードにそぐわぬ弦が切れんばかりの狂ったストロークは一万五千人を前にして排便を決意した者の弱さにして強さ、儚さゆえの美しさに鳴り響く。

 

fin

軋む短夜のヒンジ

 

七月一日(月) あちらに見えますのがこの村で唯一のS字パンティーウォッシャーケースの専門店になります。

七月二日(火) 遡れば大化の改新の結果が現代に生きる我々の姿であり、大政奉還、第二次世界大戦、延いては中日宇野のヘディング事件も我々に寄与して疑いもなく。

七月三日(水) 外国人の彼女より「こんや、めちやくちやにしてあげぬ」という歯切れの悪すぎるLINEを受けた男が十字を切る。

七月四日(木) 「既成概念とは愛で出来ているのだからいくらぶち壊してもそれが既成となり愛からは決して逃れることはできない」とでも言いたげな鴉がオン・ザ・バルコニー。

七月五日(金) 宇宙いわくにクラムチャウダーと留守電はもう同じものだという。失礼しちゃう!

七月六日(土) ぬか床に使用している木桶のタガが割れてきたので様々なものを巻いて補強を試したところクロムハーツのケルティックローラーベルトがジャストフィッツ。

七月七日(日) 織姫は思った。一年ぶりに逢った彦星の眼鏡のレンズが巣鴨の地蔵ばりに皮脂で汚れており「バリア〜」と。

七月八日(月) 大手貿易会社に勤める男が晴れて出世を果たすも「忙しいさなかに部下が増えて個々に出した指示がこちらでわからなくなる」との悩みをこぼした。なるほど、尻でエアコンのリモコンを踏んでしまい「ピッ」と鳴っては指示がこちらでわからなくなるストレスに同じだろう。その意味合いで「あぁ、わかるわぁ」といっておきました。

七月九日(火) 近所の公園にて裸眼のフットサル。草をむしるおばあさんに「へい!パス!」と。

七月十日(水) 身近な男がとあるフリマアプリで『ヨウジヤマモト』を根気よく『ジョージヤマモト』と検索しては「なんか放浪酒・城崎の雨しか出てこねっぞ!」とこぶしを効かせる。

七月十一日(木) 寝ているところを起こされて「今何時?」と聞かれる。

七月十二日(金) 我的に「あぁ、名前は聞いたことあんけど」の代表格はやはりアガサ・クリスティだろう。

七月十三日(土) や、だから繰り返しになってしまうけど大切な奥さんの肛門のシワの数くらい知っておけって話ですよ。

七月十四日(日) 本日パリにて五輪聖火リレーがスタートすればもうこの際はっきりとさせたい。オリジンの海苔弁に付いてる醤油は磯辺揚げでいいのね!?いいんだろ!?

七月十五日(月) インドネシアへ赴いた男の土産話によると現地で知り合った純朴な若者が立派なワニ皮の財布を持っていた。「いい財布だね」と何気なくいったところ「これは父を丸飲みしたワニから作りました。今でもこの財布に父を感じています」との若干に栄養学をかすめる返答があったという。

七月十六日(火) 十年に継続する感動とはある意味で感性の停滞を指す。ことヴィム・ヴェンダースの写真集とミッドタウンは虎屋菓寮の暖簾をみる度におれは悲しいふりをする。

七月十七日(水) それはちんぽこ丸出しでハンドルを握る露出狂のおじさんが首都高の合流でうろたえるような朝焼けであった。

七月十八日(木) ガールズバーにて「まぁ、なにはさて個性とはすべての元凶なのよ」とガールズたちに説いた瞬間、後方よりダーツの「キューン!」というブル音。何か多方面に刺さったようでありがとうございます。

七月十九日(金) 「女子中学生のスポーツブラで首を吊って死にたい」と願う男がインプラント費用の貯金を始めた模様。そう、生きるんだ。

七月二十日(土) 早朝のすき家にて泥酔したキャバ嬢たちの会話が耳に入る。「あんさぁ、プロ野球とJリーグはキックベースで統一した方が絶対よくね?みたいな」という寝起きの独裁者のような暴論にその相方が「そんで火、金だけ分けるみたいな」とゴミの分別的な方向性を大胆に打ち出した。

七月二十一日(日) 先日より我が家の傘立てに「私」と書かれたビニール傘がある。

七月二十二日(月) とある民家の前に「ご自由にお持ちください」との張り紙。そこにはスリッパと飯盒が貰い手を請うており、先着のおばあさんがやおら飯盒をハンドバッグ的に前腕にかけた。今思えばスリッパで思い切り後ろからつっこむべきであったか。

七月二十三日(火) 身近なヤングたちが口を揃えて「出会いは欲しいですけどナンパなんてできません」「無視されたら立ち直れません」などと情けないことをいうものでここはひとつ100パーセント成功するナンパ術を指南するに至る。「お前ら今日から一週間水も食事も一切摂るな。そしてゲッソゲソのカッスカス状態からお姉さんお茶しませんかと懇願するんだ」と講じたところ、ややあって聡明なヤングが膝を打ち「あぁ、そうか説得力がまるで違う」と悟れば時を移さず残る者に伝播する。こうなればこちらのお役は御免、ヤングたちの「さらに震えながら杖をつくことで迫力が爆上がりするよな」「もうお茶ではなくお姉さん経口補水液しませんか?でもいいと思う」「くぼんだ目を擦りながらついに普通の自転車が電動アシスト自転車に見えて参りましたというセリフを添えてもいいかも」などという若く熱い議論を背に受けて立ち去る。

七月二十四日(水) 今秋のトムヨークソロライブ、売り切れ。これはトムヨークにとって亀田錬太郎が売り切れたと言い表すこともできる。うん、できる、できんの。

七月二十五日(木) ある男が広告代理店の面接で小テストを受けた。そのお題は「各駅停車のよいところを挙げなさい」というもので男は悩んだ挙句に「比較的席が空いている」と答えて精一杯だった。「お前だったらなんと答える?」と振られたので「準急、急行では停まらない弱小駅への慰問による人道的な心が養われる」と答えた。男は「あぁ!それだ!」と。

 

fin

クリームがかる緑と紫の狭間で

 

六月一日(土) 近所に新築の家屋が建つようで地鎮祭のセッティングが厳かに行われていた。近くに停まるステップワゴンに目をやると扉が全開となっており、中に座する神職の方が女子バドミントン奥原希望選手のサインばりに絡まったイヤホンのコードを解いていた。なにかいたずらにお守りを開けてしまったような涜神たる心持ちに沈めば初夏のこと。

六月二日(日) 高速道路を逆走する者が後を絶たない。ならばその者、着ているTシャツも裏返しでなければおれを納得させることはできない。できないぜ。

六月三日(月) 確かにサングリアをサンガリアと言い間違えた客に強炭酸水をサーブするような小粋なバーテンダーに憧れていた時期もございました。

六月四日(火) 来たる新時代には「村一番のヤリマンカツカレー」を三十秒のジェスチャーのみで先様へ伝え切る力が須要となるだろう。

六月五日(水) 話せる連れの者と「死とは正解か不正解か」という夜深のテーマに論じる。多角的な意見が交わされるにつれ感傷も入り混じれば色濃い有意義な時が流れた。結論には至らぬまでも「ライスペーパーを丸めれば大きな米粒になると思っていたら大火傷すっぞ!」という互いの共通認識に落とし所をつける。

六月六日(木) クリオネに、腹巻きを、着せようとした、ギネス級に、お節介な、男を、知っている。

六月七日(金) 銀行の窓口にて番号札をもらい座して待つ。そこへハンチングを被った中年男性が来店し案内役の行員に「あの、カードも通帳も印鑑も免許も保険証も失くしたのですが今の私に出来ることを教えてください」とほとんど強盗みたいなことを告げた。あなたは滝に打たれなさい。

六月八日(土) 年上の方が会話の中で「トップシークレットブーツ」と真顔で仰ったのだが、隠し事の順位までは知らんがな。

六月九日(日) 本日、ロックの日。右手を最大限に広げ、親指と中指で両乳首を触るという破天荒な行為に及ぶ。

六月十日(月) 諸説の弱い勢に愛嬌を感じます。

六月十一日(火)  永遠というものは存在しない、永遠に。

六月十二日(水) 世の中に言い切れるものはごく少ないのだが、自分は幼いうちに意図せず発している。それは近所の女の子とシルバニアハウスでままごと遊びに興じていた時のこと。こちらが「じゃあお父さんはもう寝るから」と二階へ続く米海兵隊のブートキャンプばりにそそり立つはしごを登り切ったと思いきや、迂闊に手を滑らせ父ウサギを垂直に滑落させてしまった。女の子は「お父さん!お父さん大丈夫!?誰か救急箱!誰か救急箱を!!」と大いに取り乱した。そこへ反射的に放った「箱より車!」という幼く甲高い我が声が未だ脳裏にこだまする。

六月十三日(木) シャングリ・ラ東京はラウンジにて古い友人と落ち合う。彼を真似ては山崎12年、そのチェーサーにフレッシュメロンジュースが寄り添えばそこは都心の喧騒を浮力とした二十八階のラグジュアリープレイス。我々は摩天楼を視界に据え置き「忘れられない屁」という話題に語らう。互いの屁のような屁のエピソードは屁にも関わらず不発に終わる。

六月十四日(金) 今日も日本のどこかで「パンツなんてただの布じゃん」と女はいう。その一件につき我が家のドアスコープが外側に1センチずつせり出す。だからもうそういうこと言わないでくんない!?

六月十五日(土) 近頃は高齢ドライバーがコンビニに突入するというニュースに出くわす度にお後は四十年も経てば我がことだと身につまされる。想像するに散らばったガラスの破片やひん曲がって倒れた棚に囲まれてどのような顔つきで車から降りればよいのか。そしてその開口一番にはどのような言葉がふさわしいのだろう。結局のところ驚愕と困惑にうっすらと絶望の微笑を浮かべては「今夜九時からダイハード3!」しかないのか。

六月十六日(日) 今年の聖夜に向けてサンタクロースが半年がかりの準備に入ったと聞く。毎年恒例の「えっと、手袋手袋、あったあった」と鍋つかみ。そこへおばあさんによる強めの肩パンが入ってはこれもまた恒例のようで。

六月十七日(月) 髪をほどいた 君の仕草が がんもを長押ししているようで 胸が騒ぐよ

六月十八日(火) 男子中学生が隣を歩く学友に「金玉って色的には銅玉だよね」といった。水たまりに緑葉が浮かぶ。日本の未来もそう悪くはないのではないか。

六月十九日(水) 近頃いたくお気に入りであるチキンサンドのキッチンカーについて夢中に語るがゆえにチッキンカーといってしまった年上の方の心のケアはいかにして。

六月二十日(木) とある翻訳サイトで微糖のパンチパーマを英訳したところ、間もなく画面がフリーズを起こし、出前館より遅配メールが届いた。お気をつけください。

六月二十一日(金) デリケアM’sをDCM’sと呼んでんのは関東甲信越でお前だけだぞ。

六月二十二日(土) 「昨日彼女に思いっきりヴィンタされまして」じゃねぇ!

 

fin