月別: 2023年2月

逆火の生きる

 

焚き火といって思い出すのは小学生時分にさかのぼる。

それは二月の開けた田んぼにて近所のおじさんが催したものであり、芋の焼き上がった頃合いに現れたのがしゃなりと老貴婦人、熱々の芋を掴み取り「ぅ熱い!」といってブーケトスばりに後方へ放り投げ、それがそのままおじさんの自転車のカゴに入った。

そのような美しい思い出を車窓に映し出し、向かうは「日帰りde焚き火体験!」なるもの。

完全に浮かれ切ったイベント名とは裏腹にこちらと運転する者は申し合わせたように沈黙、車内にはすでに焚き火のイメージがもたらす幽玄なる趣が色濃く漂っていた。

カーラジオより通販番組が流れる。

「先日紹介致しましたご商品、乳酸菌が4000億個と申し上げましたが正しくは3000億個の誤りでした。訂正してお詫び申し上げます」

以前にも同じようなものを耳にしたことがあり、やはり以前と同じように思った。

「この世は10分前行動以外に意味はない」

ダッシュボードの紅の豚が首を縦にカタカタ揺らすことでこちらの思いを高速で肯定していた。

 

中央道を降り、傾斜のかかる林道を登りきったところでハンドルを握る者が口を開く。

一時間近い無言のブランクが祟り、痰も絡めば縮こまる声帯は弱々しく「ジンバブエにバナナという名の首相がいたらしい」と遺言のように発した。

動揺するこちらの声帯も思いのほかに弱っており「Jリーグカレー」のような返答をして精一杯。

それから「彼はなぜこのタイミングでそのようなことを発表したのだろう」という疑問を新たな乗員として車内に迎え入れるも、目的地らしきものが目前に迫るころにはその発言こそ必要なピースとして数分前の世界に角を落とした形でピタリと収まりをみせていた。

だだっ広い駐車場に車は一台もなく、二台のレンタル自転車が一台ずつ二つの駐車スペースに駐めてあり、果たしてそれは有用なのかそれとも壮大な無駄なのかという一種の問い掛けには未だ答えを見出せずにいる。

寒さから逃れるよう競歩の体で施設に滑り込んだところ係員より「本日団体のキャンセルがありまして」という口切りからかくかくしかじかを経て「2人de焚き火体験!」との思い切った申し入れがある。

どっこいそれはシャイ・ボーイな我々の性格上に好都合であり快諾、ベンチコートが貸し出されると手厚いエスコートを得てテニスコート二面分のグラウンドに通された。

ははぁ、その中央にはそれらしい木材が組まれ、なるほど、点火を待ってして焚き火の開始ということか。

「本日の焚き火を担当いたします水木と申します。よろしくお願い致します」

なんだかとっても燃えにくそうな名前ではあるが、余計なツッコミは入れずにこちらと連れの者は拍手を打つ。

さっそく水木係員は「松ぼっくりこそ自然界の着火剤なんです」と丁寧に注釈を入れ、マッチを用いて数個燃やしては組まれた木材の中心部に落とし入れた。

ツッと天に引っ張られた煙が凍てる空気に身をよじらせる。

その様を食い入るように見つめていた連れの者が「煙の形がパンを焼くローマ人に見える」とおっしゃる。

こちらの赤面をよそに水木係員は草むらでオンブバッタを見たような「おぉ」という程よいリアクションを起こしては作業を続行する。

 

爆ぜる火の粉は感情の入り込む余地を多分に残して消えてゆく。

焚き火を利したコーヒーが振舞われ、ひと啜り毎の異なる滋味に美味い以外の形容を持たない。

水木係員が「もう温かいコーヒーは衣類の類ですよね」という。

そんな気の利いた一言にはどうしても何か被せたい性分である連れの者が忙しなく膝を揺すり始めた。

またしてもローマ人がパンを焼き出すのではないかという懸念から奴のもみあげをむしり取り、それを火中にくべて落ち着きを促す。

聞き慣れぬ鳥のさえずりが止み、水木係員がスマホから最新洋楽ヒットチャートのようなものを流し始めた。

好意を踏み躙るようで申し訳ないが我々はそのような軽薄なものに心を動かされることはない。

むしろ「焚き火という古より繋ぐ癒しの場に一番似合わない曲」を各々YouTubeより持ち寄ろうではないか。

そのようなこちらの提案に連れの者は乗り気に、水木係員は好奇心が上回る戸惑いをみせた。

結果として言い出しっぺのこちらが召喚した『笑点のテーマ』は思いのほか評価は低く、次ぐ水木係員の『ズルい女』に関しては「焚き火の炎にズルい女への情念がリンクするからダメ」と連れの者が手厳しいジャッジを下す。

そして大トリである奴の番となり、こちらが「早くしろよ」と催促すれば「もうとっくに始まっている」という。

どういうことかとiPhoneを覗いたところ『癒しの焚き火サウンド』なるものがすでに再生されていた。

これはもう焚き火に似合う似合わないという次元ではなく焚き火の最中に焚き火の音を鳴らすことで「人生に意味はない」という揺るぎない真実を寒空へ捧げていた。

おれは奴のもみあげをむしり取り、それを火中にくべて称賛を表する。

 

fin