凍てるバナナの野望

 

九月一日(金) 昔々は学生時分のこと。バラエティー番組を眺めていると親父が「よく見ておけ。これがお前の存在を知らない人間の顔だ」といった。当時は若さゆえに意味がわからなかった。今もわからない。

九月二日(土) 長いことiMacの画面脇に備忘付箋が一枚貼り付けてあり、もはや風景に馴染んだところであらためて確認したところ「ウィリー納車」としてある。過去の俺よ、よくわからないがそれはお客様に対して大変に失礼な行為だと思う。

九月三日(日) 若い女人に「そろそろラグビーのW杯が始まるね」と振ったところ「ご想像にお任せします」とのこと。

九月四日(月) 歯科クリニックの待合室にて。高齢の女性が保険証を忘れたようで「アクティブシニアクラブ」なる会員証を用いて気合いで乗り切ろうとしている姿はまさにアクティブで。

九月五日(火) 千円カットで激落ちくんのような角刈りにされた男の報告によると飼っているうさぎがショック死しないよう帰路にキャップを購入しては目深に被って帰宅したという。

九月六日(水) なぜ我々人類は子孫を残そうとするのか。そんな本能ですら解明されていないうちから「自転車に乗るときはヘルメットを被りましょう」なんて言われても、ねぇ。

九月七日(木) 永劫にして常に「今」なのだから常に「タンクトップ」もそこに内包されて然るべきなのです。

九月八日(金) 「空車」と表示して猛スピードで滑走するタクシーはもう性癖なのだろう。

九月九日(土) 友人の幼い息子がポケモンカードの収集に飽き足らず、自ら試行錯誤を重ねてオリジナルモンスターを描いては「サンバイザー」と名付けた。すかさず父である友人が「うちの息子は被り物のサンバイザーを知らずにサンバイザーと名付けたのだからどちらも優劣なく本物のサンバイザーだと思う」という。どうやら息子さんは未来のモンスターペアレントをも産み出してしまったらしい。

九月十日(日) 血が覚えてんよ。

九月十一日(月)「格安スマホにしたいけどお店までいくのが面倒〜!」とカーラジオよりCMが流れる。そんな利己的で無精なやつに電話をかける相手もいなけりゃかけてくる者など皆無じゃコラァ!

九月十二日(火) 角張った雄々しい存在感。外敵を締め出すは任侠の本懐。だが武張る一見に反して気さくであり良い意味で軽い。おれはそんな風通しのよい漢になりたい。網戸じゃん。

九月十三日(水) 歯科クリニックにて。大方の治療を終えて院長先生より手鏡を手渡される。「見てください。下の歯の白い箇所。これは脱灰といって虫歯の始まりです」とショッキングな報を受ける。しかし、それよりもショッキングだったのは右の鼻穴から大胆に飛び出た鼻毛が己の湾曲を利して左の鼻穴に入り込もうとしていた。ねぇ、なんてことすんのよ。

九月十四日(木) 出前館の配達員であるおじさんがその去り際に「それではごゆっくりお楽しみください!」と言い残した。クレームは電話とメール、どちらがより有効なのだろう。

九月十五日(金) なんでしょうか、これは極めて個人的な話なのですが。自転車に乗るときのサドルと尻が密着する瞬間が物凄く恥ずかしい。後ろを通行する者に「あ、今サドルと尻が密着した!」と思われているのではないかという懸念に長年苛まれている。これを男気溢れる年上の方に告げたところ「お前がそういう目で他人を見ているからだ!」との即答があった。それから話はこちらの生活態度にまで波及し、口答えも挟めぬ説教じみたものとなる。そこへさらに「自転車から降りるときの尻も恥ずかしい」とはとてもじゃないが言えなかった。

九月十六日(土) 東急バスに乗車。しばらくすると後方より男の大きな声がする。「ファミリーマート!」「クリーニング!お急ぎOK!」「山田歯科!」などと目についた看板をみだりに大発表していた。そしてついに看板に飽き足らず「交番の前に犬とブス!」とご乱心。バス怖ぇ。

九月十七日(日) おみやげ屋をもみあげ屋と聞き間違えたやつがどうしても嫌いになれない。

九月十八日(月) 愛すべき平坦な毎日を脅かすものとして「幸せ」もそのひとつであることは言に及ばず。

九月十九日(火) おでん屋にて麦のソーダ割り。心なしか大将が陰をまといつつ油揚げに餅を入れる姿をみた。目眩がするほど広大な宇宙の片隅で油揚げに餅を入れなければならない己の因果と真摯に向き合っているのだろう。そんな誠実で微細な感覚がお出汁によく出ている。大将、同じのお代わり。

 

fin