五月一日(土) 「もういくつ寝るとお正月?」と問われれば震えながら「に、二百日ぐらいでしょうか」と答申する候、うららかな薫風に心揺すられること五年ぶりに髭を落としてみれば「絶対髭あった方がいい」と身も蓋もないことを周りの者たちはいう。「剃り損」という一聴にして新たな株用語の響きすらあるが、それはなんともあてどなくただただ腹立たしい皐月の口切り。
五月二日(日) セブンイレブンにてコーヒーカップを手に彷徨い歩くおじいさんをみた。しばらく様子を窺うと震える指先でポットのロックを解除。それは緊急事態宣言の解除をも願う美しい所作に思え「それはお湯ですよ」などという軽々しい言葉は控えて飲み込んだ。
五月三日(月) 足の爪を切り、親指の角に溜まったカスの匂いを嗅いでいるところを草むしりに勤しむおばさんに見られる。
五月四日(火) 柿の木坂の側道、バックミラーに映るトラックには三名が横並びに座している。運転手は上半身裸の黒人、中央に位置なす厚着のおじさん、そしてタンクトップのお兄ちゃんというラインナップ。これはもう両サイドのエアコンが壊れて中央にパワフルな冷風が集中しちゃってんな!
五月五日(水) パンツの食い込みは事件か事故か。
五月六日(木) コロナの影響をもろに受けて失職、離婚という荒れたオフロードを目下激走中の友人から深夜のメール。「大麦、ハブ茶、発芽大麦、とうもろこし、ハトムギ発酵エキス、玄米、タンポポの根、びわの葉、カワラケツメイ、ごぼう、あわ、きび、小豆、エゴマの葉、ナツメ、ゆずの皮、俺」彼はもう十六茶の新たな成分として生きてゆくつもりらしい。えぇ、心配です。
五月七日(金) 近頃ではおっさん化現象が進み、とにかく待てなくなってきた。銀行の窓口業務はお金を取り扱うのだから慎重にもなるだろう。しかし「裏でジェンガしてんじゃねぇの?」と思うほどに遅い時がある。いや、なにもジェンガをするなとは言っていない。「あ、ちょっと一回ジェンガしてきます」という一言があってもいいじゃないって話よ。
五月八日(土) 九十の齢も登り詰めようかという祖父は未だ物事に明るい。不義理にも電話での挨拶はそこそこに「爆風スランプって知ってる?」と突然問うたところ「ん?あぁ、それはアメリカの政治家さんだろう」とのこと。いや、多分ね、多分よ?「逆風トランプ」と勘違いしてんじゃねぇかな、うん。
五月九日(日) スマパンの『1979』を聴くと心が透き通り、決まってあの懐かしい映像が淡く浮かび上がる。十五の時分、勇気を振り絞り真夜中のエロビデ自販機まで行ったはいいが、先輩ヤンキーたちが二、三人やって来ては袋小路。咄嗟に自販機と自販機の隙間に隠れるも滞りなく発見される。向こうはめちゃくちゃ驚いていた。もう「だっふんだ!」みたいな声をあげていた。
五月十日(月) 贔屓にしているガソリンスタンドに気易い店員さんを持っている。彼は世界を股に掛ける俳優を目指して英会話を学んでおり、半年前からおれとの会話は英語縛りとなっている。すると物事に弊害は付き物のようで、新人店員がおれを日系の外国人と思い込み、牛糞の乾き具合を小枝で突ついて調べるようなおよび腰で「へ、ヘイ、ワッツアップ!?」とブチ込んで来るじゃない。
五月十一日(火) 環七は高円寺方面、大原を抜けた辺りで脇の下を覗き込む本物の脇見運転に遭遇する。
五月十二日(水) これからバンドを組むのならムスクというバンド名。これだけはもう決まってんだ。
五月十三日(木) 三十七億年前、無数の有機物質がつい奇遇に合わさり、朝礼で倒れる女子生徒が感じた気の遠くなるような長い時を経て海中を漂い始めた微生物こそ我々の祖先であると聞く。だがそれは権威ある生物学者が嫁の実家へ行き、居間に義父と二人きりの場面にてとりあえず目についた和竿の漆による照りを素人ながらに讃えた後の尋常でない静寂の気まずさからひり出された作り話かも知れないぜ。
五月十四日(金) こむら返り、その激痛の渦中にこそアフリカ某国の水を汲みに片道八キロという道のりを歩く少女を慮り、その苦を共有すべきではないか。
五月十五日(土) 夕暮れの駒沢公園。縄を二本使った所謂ダブルダッチに興じる若人衆あり。BGMはパブリックエネミー辺りか、側転から縄の内に入り込み片手でバク転などをかまし、その上で縄に引っかからないと来れば魅入ってしまう。これは対価が発生して然りと及ばずながら人数分の飲料を差し入れる。一人だけホットの綾鷹になってしまうのはこちらの不手際、延いてはご愛嬌。その場を離れ、しばらく歩いていると入念なストレッチに精を出す若人あり。「さて、君は何を見せてくれるのかな?」と自然な形で待ち受けているとトートバッグからトンファーを取り出した。トートバッグからトンファーの衝撃たるや仲良しこよしの縄跳びなんか目じゃねぇぞ!おう!綾鷹こっちに回せオラ!ホットの綾鷹オラ!
fin