寒は寸暇に火をつけて

 

師走の候。

僧も走ればこちらも独り東北自動車道をひた走る。

カーナビはつけず携帯は家に置いており現在地などわからない、いや、知りたくもない。

ただレンタカー屋に予約を入れていたはずのソウル・レッド・クリスタル・メタリックのマツダ・ロードスターがどのような手違いを経て本腰の商用車プロボックスになってしまったのかは大いに知りたい。

こちらの予想では発情期のチンパンジーが障子に穴を開けながら電話を受けていたのではないか。

旅の滑り出しからややハードな災難に見舞われたが、道中の予期せぬ事故をそこに消化したようで心持ちは至って軽やかにして穏やかであった。

 

不慣れなハンドル捌きもやがて板につくと内装にも目がゆく。

なるほど、働く車プロボックスの名に恥じぬ装備として運転席だけでドリンクホルダーが四つ、助手席をも加算した場合には驚きの計七つとなり、そのうちドリンクホルダーに車が付いている状態になるのではないか。

一期一会の長閑な風景が後方へ流れ去る。

急き立てるエンジン音とタイヤの摩擦音の向こう、ライ・クーダーのスライドギターが微かに聞こえた。

「お前は自身に倦んでいる。今こそあてどもない独り旅に出るべきだ。そこに出会う苦難ですらお前を抱擁するだろう」

これは庭先のテーブルに自ら置いたサングラスを強そうなモグラと見間違えて「キャア」と自爆された愛すべき年上の方のお言葉であり、それはそのまま今回の一泊独り旅を決意するものとなった。

強い日差しに目を細めればこのような思考が内にこもる。

「あてどもない旅はあてどもないことでその大義をすでに果たしており、こちらが受ける羨望を糖衣とした苦い疎外感はそれこそあてどもなく荒野を彷徨うし」

ほどなく料金所を冬晴れの下に望む。

 

こちら生来の漢につきETCカードなど軟派なものは当然持ち合わせておらず現金での支払いとなる。

愛想のよい係員のおじさんとのやり取りは数秒であったが、その衝撃たるや書する今を以てして鮮度を落とすことはない。

おじさんは間違いなく「はい、クンニちは。〇〇円です」といった。

バックミラーに捉えた料金所は徐々に遠ざかるも、おじさんの存在感はたちまち増しては生霊として助手席に座した。

きゃつは通る者すべてに「クンニちは」という空耳に寄りかかった社会通念を逸脱するご挨拶をカマすことでいつバレるやも知れないスリルに身を任せて愉しんでいやがる。

だがしかし、それは彼にとって人生というあてどもない旅に欠かせない一雫の潤いだとすればけしからん行為だと一概に断罪することなど誰にできよう。

「おじさん、俺にはまんまとバレてしまったが、これからどうするね」

「いつかはそんな日が来ると思っていたよ。いや、そんな日を待ち望んでいたのかも知れない」

そして係員のおじさんは「ありがとう」と霧に化してはエアコンの吹き出し口に吸い込まれていった。

 

焼き芋の販売車が二台、赤い提灯を激しくなびかせながら猛スピードでこちらを抜き去ってゆく。

それはイモ臭い熱々のカップルが季節はずれの波打ち際を追いかけっこしているようであった。

遅い午後の日差しを受け、あてどもなく高速を降りては導かれるまま道なりに走り続ける。

寒々と連ねる峰々を借景としたさびしげな田園風景が途切れることなく流れてゆく。

トタン板で設された古いバス停には農作業姿のおばあさんがちんまり座してはみかんを食しており、なんとも愛らしく絵になる佇まいにアクセルも緩む。

さすがに凝視は礼に失する行為であり流し目を用いて徐行したところ、あろうことかおばあさんはみかんを食しながらポンジュースを飲んでいた。

わからない、わからないがプロ野球選手が試合中のベンチでファミスタをやる感じなのだろうか。

 

彼方に日が落ちれば大禍時、ネット環境を持たぬ身から早々と宿探しに着手する。

あてどもない旅だがこちらも人の子、欲を言えばちょいと腰回りに脂身のついた色白の若女将(未亡人)が女手一つで切り盛りする古風な宿がいい。勧めたビールの一口二口で胸元まで真っ赤に染まる下戸ぶりが艶っぽく、徐々に敬語が崩れてゆくその様にこちらの理性も崩れるというもの。激しい情を交わし終え、互いの息も整わぬうちに汗ばむ肌を合わせてきては「遠縁に屋鋪要がいるの」とこちらの耳元に内密をささやく。

だがそのような妄想が現実に起こることはなく、実際に辿り着いた宿とは小さな平屋が五つ六つ点在する素泊まり施設のようなところであった。

なにが悲しくてスーパーポリスと刺繍されたキャップを被る受付のおじいさんがいうには「露天風呂はないけど部屋風呂のお湯は全部温泉のお湯だから」とのこと。

通された平屋は手狭な和室、短い廊下のつきあたりにはユニットバスというあてどもない旅にはマッチした質素な造りであり、玄関に飾られた絵画が唯一の装飾として自画像と銘打つそれは豊かな髭を蓄えた重厚な男性が椅子に腰をかけてはこちらをガン見しているというもの。

下駄箱の不具合を調べているスーパーポリスに「この方はオーナーですか」と尋ねたところ「いや、まったくわからない」という。

誰なのかまったくわからない自画像をしばらく眺める。

無意味という意味がこのあてどもない旅の答えに収まろうとしていた。

小さな湯船に湯を溜める。

大金持ちがコンタクトケースと見間違うであろう小さな小さな湯船に湯を溜めた。

 

fin

異母姉妹都市

 

十一月一日(水) 「わからないことはいつでも気軽に聞いてくれ」とおっしゃる右党の方が麦焼酎アクエリアス割りでスポーティーに悪酔いを起こして吐きまくった。その背中へ「なぜ若者は髪を染めるのでしょうか」と投げ掛けたところ「オウェェ!それは、それはだねゴフォ!やはり、やはりだねヴォェエエ!新たな自分とオロロ!新たな自分と出会いたいからじゃないかオロロロロ!!」とのご返答を頂きました。ありがとうございます。

十一月二日(木) 職を失い妻にせつかれコンビニのアルバイトに応募した男がいる。極度のあがり症から前職を問われた際に「トラックに野菜を積んで納品してみました」というお茶目な思いつきのような感じになってしまうが結局は採用を得たと聞く。おそらく向こうも「採用してみました」のような感じなのだろう。

十一月三日(金) 恩を仇でもなくベルマークで返してこないの。ね、約束。

十一月四日(土) プロのトレーナーがパイ筋とか言わないの。ね、約束。

十一月五日(日) トム・ヨークのツェルマット・アンプラグドをYouTubeにて鑑賞。素晴らしい。さらにその後にはシャンプーの詰め替え作業という素晴らしい日常が控えている。

十一月六日(月) 所用のついでに青山は骨董品店。さっそく目についたのはアフリカン・アンティークなるロングベンチ。それは極めて素朴な造作であるが腰掛けては感ずるところ乾いたアフリカの大地に陽が昇るよう。しかしその眩しい光は書籍その他で以前より魅かれていた黒絵式ギリシア壺が発するものであった。さて肝要である神話に基づいた影絵こそどのような具合で焼きつけられているのだろう。それが滑稽であればあるほど神々を介した人間の営みが如実と浮き彫りになり芸術の核に近づく。いざ刮目に至ればミューズ的な女性が何かを拾う所作があり、その真横では腰巻きを身につけた下僕の男がチャリンコの空気入れをスコスコするような体勢があった。これミューズ姐さんタイヤのゴムキャップ拾ってんな!

十一月七日(火) 人はよいのだが何を言っても張り合ってくる男がいる。こちらが「この前お金の本質は時間の短縮だと聞いて雷に撃たれた心持ちがしたよ」と口にしたところ「僕の手作り石鹸仲間なんて本物の雷に撃たれたことがありますよ」という。手作り石鹸あたりに人のよさが香っているのだがやっぱり張り合ってくるんだよなぁ。

十一月八日(水) 他者の労働に対して慈しみを覚えたのならその者の義務教育はそこで完結する。ちょっと真面目なことを言ったのでバランス取りますね。ビラビラ!もうビラッビラ!

十一月九日(木) 少し愛に欠ける物事として「現地解散」がまずその筆頭に挙げられるわけですが。

十一月十日(金) 思い返す今年の正月明けにオーストラリア人のA君その他数名とカラオケに興じた。彼は『わたしがオバさんになっても』の歌詞をきっかけに日本語を学んだといい当然そのレパートリーに組み込まれていた。しかし完璧な発音で進行するも「オープンカーの屋根はずしてかっこ良く走ってよ」の部分で彼は「オープンカーの屋根はずれて」と気持ちよく歌い上げてしまう。ここですぐさま訂正するが真の交友というものではないか。人のいないタイミングを見計らい「あのA君、オープンカーの屋根がはずれたらもうちょっとした事故なの」と事細かに説明したところ彼は真摯な理解をこちらに示した。そのようなことを思い出しながら彼より届いたメールを開いたところ、何やら同郷の者たちと浅草で観光を楽しんだようで「浅草の飲み屋さんでハメはずれて」としてある。あぁA君、そこなの、そこなのよ。

十一月十一日(土) 一ヶ月前にホームレスのおじいさんに超ハードグミ・コーラアップを一袋進呈した。先ほどばったり出くわしたのだが二本あった貴重な前歯が一本しかない。私、新たな十字架を背負って生きてゆきます。

十一月十二日(日) 声を震わせながら「東京23区すべて行ったことがあります」と嘘か本当かまったくわからないことをいう者がいる。

十一月十三日(月) 全国の観光地に設置された顔はめパネルを司る神が浴槽に降臨された。そしてこちらに「トム・ウェイツは日本でいうさだまさし?」とお尋ねになられた。去ねオラ。

十一月十四日(火) 発狂の恐ろしさとはその間にも傍目を感じることなのです。

十一月十五日(水) 出張のついでと急に泊まりに来た義父がYESNO枕の「YES」で寝始めたような灰色の空を仰ぐ。

十一月十六日(木) ちゃんとちゃべれ!

 

fin

聖ヨハネ顔面セーフ修道院

 

十月一日(日) 上冬に際して本年における非常識大賞候補をここに挙げておきたい。やはり最有力は葬儀にてカラオケ好きであった故人を偲んだとはいえ友人代表の弔辞に「爆風スランプ」という前代未聞のパワーワードを涙ながらに練り込んだS氏。次点として東京駅より名古屋に帰郷する友人にういろうを土産に持たせたA氏。本年も残すところ二ヶ月、ダークホースの疾駆を期すれば金木犀が香る。

十月二日(月) この地には古よりスガシカオに爆似のおばあさんを見かけるとミシンのボビンケース運が上昇するとの言い伝えがございます。

十月三日(火) 今日日に珍しくは懐かしい小道を独占して大縄跳びに興じる子供達をみた。そこへAmazonの小箱を抱えた配達員の兄さんが大縄をひょいと飛び抜けては任務を続行する。やだ、かっこよ。

十月四日(水) 人がみた昨夜の夢など懇々と語られたとてその荒唐無稽ぶりに苦痛を覚えるばかり。とはいえ年下の者が嬉々と語るのならば時折の相槌も入れつつに聞くが大人というものであろう。そんな彼がみた夢はスラムダンクパン屋バージョン。「店長のゴリがオーブンへ生地をダンクしたんです」という滑り出しにさっそくこちらの顔面は引き攣るが「レジは彦一のお姉さんでした」という絶妙なリアリティーに救われる。

十月五日(木) 断捨離が高じて危うく自らも断じるところであったと「あっぶねあぶね」とは齢三十八に生きる女。

十月六日(金) それは半シャーベット状の地球外生命体に現地集合の意味を教えるぐらいに難しい。

十月七日(土) 粉チーズの包装を開けたところベリベリとそのすべてを引き裂いてしまう。すると透明の筒型容器に入った粉チーズが丸見え状態に晒された。「あぁ!もう全部見えてるよ!?もう一目で残量が丸わかりだよ!?いいの!?親御さんは知ってるの!?あぁすんごい!いぐ!」と思わず口にしてしまう。今後同じ場面に出くわしたのなら昔見たAV男優の「こんな短いパンツ履いて、違う、短いスカート履いて」というセリフも入れ込んでゆく予定です、はい。

十月八日(日) そら生きてりゃコピー機に詰まったクシャクシャの紙みたいな夜もあんべ。

十月九日(月) この先の未来に待ち受ける悲惨な事件や事故に対して我々は今なにができよう。やはり低脂肪高タンパクの食事を心がけるということなのだろう。あとりんご酢も。

十月十日(火) 酒の席で平成中期に生まれたスーパーヤングな女と口論になり「どうせお前みたいな者はハンセンが天龍のことをテンルーと呼んでたの知らねぇだろ!?」と息巻いたところ「キモみ深し」という捉えようによっては「秋、深し」のような風流な返答が。

十月十一日(水) 「俺はもう今後の人生でパンティーという言葉以外は使わない。よってこれより食すものも自ずとパンとお茶のみになるだろう」と若人に告げたところ「別に無言でメニューを指差したり無言でいくらでも宅配できるでしょうよ」との小生意気な指摘があり「パ、パンティー!」と叱りつけてやりました。

十月十二日(木) 戦争よりもまず先に靴擦れをこの世界から撲滅したい。

十月十三日(金) 彼女と大げんかをしてアパートを飛び出した友人。「ちょっと待ってよ!」と懸命に追いかけて来た彼女の足元はロングブーツに健康サンダル。彼はその常軌を逸した慌て方に深い愛を感じたという。

十月十四日(土) パトカーに向かって手を振る園児たちに警官も笑顔で応える。そんな温かな場面に際してこちらは万感を込めた敬礼を送る。パトカーは停まり「持ち物だけいいですか」と秋晴れの下。

十月十五日(日) 近頃では就寝時にマウスピースをはめて耳栓を装着したのちアイマスクをする。この勢いでゆくとそのうち腹巻やレッグウォーマーが加わり、最終的にはヘルメットを被りマイクを持って寝るようになるのではないかと軽く恐れている。

十月十六日(月) 銀行強盗に刃物を持ち込むより多少手間はかかれどターゲットとした女性行員の中学卒業アルバムをチラつかせた方が万事滞りなくゆくのではないか。

十月十七日(火) ある筋よりゴッホ展の招待券をいただきいざ新宿へ。電車、車、タクシーといった交通手段はあれど、ここはひとつゴッホの精神世界を慮りて歩いてゆこうと思い立った。環七を高円寺方面によちよち延々と歩き、大原より甲州街道、笹塚に差し掛かったところで疲れ切ってタクシーで帰宅。我ながらゴッホに引けを取らない狂気ぶりではないか。

 

fin

凍てるバナナの野望

 

九月一日(金) 昔々は学生時分のこと。バラエティー番組を眺めていると親父が「よく見ておけ。これがお前の存在を知らない人間の顔だ」といった。当時は若さゆえに意味がわからなかった。今もわからない。

九月二日(土) 長いことiMacの画面脇に備忘付箋が一枚貼り付けてあり、もはや風景に馴染んだところであらためて確認したところ「ウィリー納車」としてある。過去の俺よ、よくわからないがそれはお客様に対して大変に失礼な行為だと思う。

九月三日(日) 若い女人に「そろそろラグビーのW杯が始まるね」と振ったところ「ご想像にお任せします」とのこと。

九月四日(月) 歯科クリニックの待合室にて。高齢の女性が保険証を忘れたようで「アクティブシニアクラブ」なる会員証を用いて気合いで乗り切ろうとしている姿はまさにアクティブで。

九月五日(火) 千円カットで激落ちくんのような角刈りにされた男の報告によると飼っているうさぎがショック死しないよう帰路にキャップを購入しては目深に被って帰宅したという。

九月六日(水) なぜ我々人類は子孫を残そうとするのか。そんな本能ですら解明されていないうちから「自転車に乗るときはヘルメットを被りましょう」なんて言われても、ねぇ。

九月七日(木) 永劫にして常に「今」なのだから常に「タンクトップ」もそこに内包されて然るべきなのです。

九月八日(金) 「空車」と表示して猛スピードで滑走するタクシーはもう性癖なのだろう。

九月九日(土) 友人の幼い息子がポケモンカードの収集に飽き足らず、自ら試行錯誤を重ねてオリジナルモンスターを描いては「サンバイザー」と名付けた。すかさず父である友人が「うちの息子は被り物のサンバイザーを知らずにサンバイザーと名付けたのだからどちらも優劣なく本物のサンバイザーだと思う」という。どうやら息子さんは未来のモンスターペアレントをも産み出してしまったらしい。

九月十日(日) 血が覚えてんよ。

九月十一日(月)「格安スマホにしたいけどお店までいくのが面倒〜!」とカーラジオよりCMが流れる。そんな利己的で無精なやつに電話をかける相手もいなけりゃかけてくる者など皆無じゃコラァ!

九月十二日(火) 角張った雄々しい存在感。外敵を締め出すは任侠の本懐。だが武張る一見に反して気さくであり良い意味で軽い。おれはそんな風通しのよい漢になりたい。網戸じゃん。

九月十三日(水) 歯科クリニックにて。大方の治療を終えて院長先生より手鏡を手渡される。「見てください。下の歯の白い箇所。これは脱灰といって虫歯の始まりです」とショッキングな報を受ける。しかし、それよりもショッキングだったのは右の鼻穴から大胆に飛び出た鼻毛が己の湾曲を利して左の鼻穴に入り込もうとしていた。ねぇ、なんてことすんのよ。

九月十四日(木) 出前館の配達員であるおじさんがその去り際に「それではごゆっくりお楽しみください!」と言い残した。クレームは電話とメール、どちらがより有効なのだろう。

九月十五日(金) なんでしょうか、これは極めて個人的な話なのですが。自転車に乗るときのサドルと尻が密着する瞬間が物凄く恥ずかしい。後ろを通行する者に「あ、今サドルと尻が密着した!」と思われているのではないかという懸念に長年苛まれている。これを男気溢れる年上の方に告げたところ「お前がそういう目で他人を見ているからだ!」との即答があった。それから話はこちらの生活態度にまで波及し、口答えも挟めぬ説教じみたものとなる。そこへさらに「自転車から降りるときの尻も恥ずかしい」とはとてもじゃないが言えなかった。

九月十六日(土) 東急バスに乗車。しばらくすると後方より男の大きな声がする。「ファミリーマート!」「クリーニング!お急ぎOK!」「山田歯科!」などと目についた看板をみだりに大発表していた。そしてついに看板に飽き足らず「交番の前に犬とブス!」とご乱心。バス怖ぇ。

九月十七日(日) おみやげ屋をもみあげ屋と聞き間違えたやつがどうしても嫌いになれない。

九月十八日(月) 愛すべき平坦な毎日を脅かすものとして「幸せ」もそのひとつであることは言に及ばず。

九月十九日(火) おでん屋にて麦のソーダ割り。心なしか大将が陰をまといつつ油揚げに餅を入れる姿をみた。目眩がするほど広大な宇宙の片隅で油揚げに餅を入れなければならない己の因果と真摯に向き合っているのだろう。そんな誠実で微細な感覚がお出汁によく出ている。大将、同じのお代わり。

 

fin

眠り鱶に夏は透く

 

海に来ている。

海からすると原付の試験に落ちた経験を持つ男が来た。

熱い砂をつかむ。

熱い砂からすると横チンとハミチンの違いについて日々沈思する男につかまれた。

炎天の夏空を仰ぐ。

炎天の夏空からすると一ヶ月待ちの男性用ブラジャーを四年近く待ち続ける男に仰がれた。

そう、私は海に来ている。

 

炒るような砂浜ではビーチフラッグにビーチバレー、夏日に目を細めるその向こうではビーチヨガなるものが興じられる。

これ以上にないTHE夏的光景が展開されてはいるがお隣ではビーチ夫婦喧嘩が勃発しており、聞き耳を立てると奥さんがとにかくご立腹のようで。

「だからそれ履かないでって何回も言ったよね!?恥ずかしい!」

甲高い怒号の元へ視線を移せば縫製の際には溶接工よろしく遮光マスクを必須とする超蛍光イエロービキニパンツを履いた旦那さんが「ママはビール?ママはビールかな?」と小さな娘に伺いを立てるも露骨にあしらわれて険悪なムードは色濃くなるばかり。

そして尻に大きくプリントされた「Hello!」が食い込むことで「Hell」となり、それはそのまま旦那さんの心境を余すことなく表していた。

 

波音一つの間に世界では六人が奥歯を通したデンタルフロスの匂いを嗅ぎ、八人がトランシーバーのガチャガチャでミサンガが当たっているという。

ひときわカラフルなビーチパラソルの元では麩菓子を主食とする痩せこけたおじさんが家族のために干からびたワニ・フロートへむせ返りながら己のすべてを注入している。

その様からある男が過去に挑んだ自慰方法を思い出した。

美人と誉れ高い女友達に風船を膨らませてもらい、それを持ち帰っては風船の空気を耳とチンポコに吹きかけながらシコるというオリンピック強化選手のような猛る気概に満ちるものであったと聞く。

日に照る旅客機が夏雲に入り込む。

もう二度とその姿を目にすることはないとセンチメンタル・サマー。

かと思いきや雲を突き抜けた機体が再度のお目見えとなり、それは感動的な送別会の翌日に遊びに来ちゃったバイトの先輩を想起させた。

 

ビーチクリーンに勤しむ男女の集団が向こうよりジリジリと迫り来る。

巷に彼ら彼女らは「環境の向上、地域の治安保全、海へのゴミ流入阻止」との大義を掲げてはいるが、実際の現場ではどのような志に衝き動かされているのだろう。

トングを手にする若い女性にその旨を尋ねたところ「やっぱり綺麗な方が気持ちいいじゃないですか」という。

一陣の潮風が私と彼女の姿を型抜いては後方で合流を果たし、実直で清々しい彼女の言葉はエンドレス・サマーの嫉妬を買って陽射しも一層に盛る。

するとビーチクリーンに勤しむ方々が眩く輝きはじめ、この砂浜で一番のゴミは自分なのではないかという思いに駆られた。

「あの、すいません。一度そのトングでつまんでくれませんか。首の後ろあたりをクッと」

彼女は平成生まれとみえて柔軟にして従順と来れば戸惑う表情もそこそこにこちらの背後に回り込むと首の裏に位置なす風池のツボをまさに「クッ」とトングでつまみ上げた。

リクエスト通りの屈辱から抽出された快楽は束の間のこと、なにより想定外であったのは「庭先で捕獲されたモグラ感」という未知の辱めであった。

新たな扉をトングでこじ開けてくれた彼女には丁重な礼を申し上げる。

それにしても遅い、遅すぎる。

連れの者が「ビールを買いに行く」と告げて一時間が経つ。

これはもう「今、麦畑を耕している」以外の言い訳は通さない。

 

fin

底辺×高さ÷波打ち際のチンピラ

 

七月一日(土) お相撲さんが眼鏡を掛けた時に生成される幕下感をどうにかして世界平和に繋げることはできないものか。

七月二日(日) どなたか「自分シャトルバス運がないんですよね」との発言に対する適した返しを教えてください。

七月三日(月) 一人暮らしの女が「最近は物騒だから一応青竹踏みを枕元に置いて寝ている」という。暴漢の足裏から反省と健康を促す気なのか。

七月四日(火) 男女問わずして色気というものは整っただらしなさのことなのです。

七月五日(木) お前な、それサンタクロースが「ツチノコはいません!」と言っているようなもんだぞ!

七月六日(金) 出前で取った醤油ラーメンが甘酸っぱい。我を第一に疑うのがこちらの数少ない取り柄であるが、確認に次ぐ確認の末はやはり甘酸っぱい。店に問い合わせたところ向こうは外国人の店員であろうか「甘酸っぱい」が今ひとつ通じない。最終手段として多少ややこしくなろうとも「初恋」の出番なのかも知れないと。

七月七日(土) ブレーキランプ八回点滅、ハンドルヌルヌルのサイン。

七月八日(日) 喫茶店にて「知りたくないもの」との話題に盛り上がる隣の男たち。「ん〜彼女の男遍歴は知りたくないなぁ」「俺は人間ドックの結果だな」「いやいやそこは同期の給料でしょ」などとぬるいことを延々に言い合っている。母親の性感帯だろうが!

七月九日(月) あぁ、それは良い意味でゴミですね。

七月十日(火) ピーコックにて薄皮つぶあんぱん一つの会計が神話的に遅いおじいさんに遭遇する。これはもうレジ打ちのおばちゃんに売りつけようとしているのではないか。

七月十一日(水) 付き合いの長い男が劣悪な育ちによりカタカナに不自由していると打ち明けてくれた。彼はラーメンをラァメンと綴る。お前それベテランのラーメン通じゃねぇか!

七月十二日(木) 会社員の傍ら独自に遺伝子学を修める方との昼食。「人間は遺伝子の乗り物だという巷の見解には概ねこちらも賛同しています。あ!ほら!ごらんなさい」と指差す先に炎天下のさなか自転車のチェーンを汗だくで直す男がいる。「遺伝子の乗り物が自らの乗り物を直していますよ。これは愉快、滑稽だ!」と大声でいう。なんとアカデミックな喧嘩の売り方だ。

七月十三日(金) 真夜中は丑三つ時、公安の職員がドアを強弱強弱弱とノックを打つ。向かい入れたこちらに「実は落合博満と奥田民生の中身はまったく同じなんです」と耳打ちしたとて特段の驚きはない。

七月十四日(土) 毎日スイカ食ってんなぁ。こらスイカが毎日を食ってんなぁ。

七月十五日(日) 「ロックがもう死んだんなら そりゃロックの勝手だろ」という気持ちで扉を開けてお年寄りを先に通す。

七月十六日(月) とある元高校球児が思い起こすには最後の県大会の準決勝で破れた際、監督が「生まれ変わったらお前たち九人が俺の監督になって欲しい」と言ったらしい。絵に描いたような熱中症じゃないスか。

七月十七日(火) 無限とは有限の中にだけ存在するし。

七月十八日(水) 246を見下ろすオーセンティック・バー。ビル・エバンスのピアノが黄泉より浮世を愁える。歩道に止めた年上の方の自転車を区の職員がトラックに積み込む。こちらが「いいのですか」という視線を送る。年上の方が小さく二回頷く。

七月十九日(木) はい!今!今!秋が忍び込みましたよ!

 

fin

基本的にはアイラブユー

 

六月一日(木) コンビニでペペロンチーノを温めてもらったところレジ周辺を漂う小恥ずかしいニンニク臭に土方の兄ちゃんが仲間内におどけて「イタリア〜ン」との反応を示した。黙れチュウソ〜ツが!

六月二日(金) ドデカミングという英語はないってさ。

六月三日(土) 高熱で寝込む夫より「叩いて、夢紡いで、ジャンケンポン!」とのうわごとがついにリリースされた為に止むを得ず救急車を呼んだとその奥さん。賢明な判断だと思います。

六月四日(日) 煩悩の果てに思い馳せる崇高な行為ですら煩悩なのだからスタンプラリーなど超煩悩です。怒っています。

六月五日(月) 紐グミを買い物カゴに入れて「はい、これはいらないね」と愛されたい気分だぜ。

六月六日(火) 夏を迎え撃つ度入りサングラスを誂えに渋谷の眼鏡屋へ。慎重且つ遊び心も忘れぬ品定めを経て滞りなく会計を終えると店員より加工に一時間ほどかかると告げられる。手渡された引換票には「亀!!田様」との印字がしてある。「魁!!男塾」じゃねぇんだ!忘れもしない二年前は「豆田様」だったじゃねぇか!どうなってんだオラ!

六月七日(水) 「泣きっ面に蜂」はもう古いのでここはひとつ「乳首が透ける濡れ衣」はいかがでしょう。

六月八日(木) 正常位で営む最中に女性のTシャツが徐々に下がって乳がスッポリ隠れてしまうことがある。そこで自らTシャツを捲り上げてくれる女性とローカル線で乗り合わせた蜜柑をこちらに差し出すおばあさんの心持ちはどこまでも柔らかく似かよう。

六月九日(金) 時折テレビで見かけるお節介なリポーターが昼時の会社に押し掛けては社員の弁当を見て回るという企画が直視に耐えない。生き別れた兄ならいざ知らず飯を食う者の箸を止めてまで尋ねることなどあるのか。そこに残されたワードは「美味しそうですね」「色どりがいいですね」「バランスがとれていますね」の三点に限られるのにも関わらずアホなリポーターが「いやぁ美味しそうですね!色どりもよくてバランスもとれていますね!」とひとりに全部言ってしまう。次の奴どうすんだよ!言うに事欠いて色が飛び果てたキティーちゃんのマウスパッドでも褒めるのか!?お!?

六月十日(土) ある男の皇居ラン仲間が急死したと聞く。彼は葬儀へ参列するにあたり鎮魂の心緒より黒のジョギパンでの装いを模索するも良識がそれを阻み、咎め、それを控えるに至ったと聞く。

六月十一日(日) 近頃では地震が頻発しており気にかけていたところで過去の震災関連動画がユーチューブに上がっていた。家屋が倒壊した住民の方々が疲労に窮しながらプライバシーのない体育館に寝泊まりしている最中、何かに興じる者たちがいる。震災の避難場所であろうことか倒壊を負けとするジェンガに興じる者たちがいる。いやはや娯楽のエンジョイパワーが不謹慎という概念を倒壊させた瞬間でした。でしたわ。

六月十二日(月) 近所のコンビニに東南アジア系の新人女性従業員テコキさんがデビュー。セルフレジにお札を吸わせつつ世界の某国において亀田とは「全員青ひげのバケツリレー」という意味合いである可能性もゼロではないと思いました。

 

fin

麝香街

 

先夜のこと、祖父より継ぐ焼肉屋を営む者と飲み交わす。

和食屋の個室にて種々と語らえば下戸である彼がハイピッチでグラスを空ける様より心中穏やかでないことは明らかであり、そのうち椀の海老しんじょを見つめつつに「うちの店はもうダメだ」と言い始めた。

尋ねるまでもなく長らく続いたCOVID-19を因とする客離れに重なり昨今の世界情勢における原材料の高騰などといった理由かと思いきや、彼はその矛先を驚くべき場所へ向けていた。

「千円カットの髪型が変だから客が離れたよ」

たしかにパキスタンの靴飛ばしチャンピオンみたいな髪型ではあるが、降りかかる経営難をそのまま千円カットの責とするのは筋違いというものであろう。

「大切に乗っていた車も売ろうと思う」

「そして火の車に乗り換えると」

彼はこちらの反射的な失言を飲み慣れぬハイボールの痛飲でもって受け流し、酔いどれにも仕切り直しては鞄よりスマホを取り出した。

「このままでは、このままではあれよ、天国のじじじいちゃんに申し訳が立たないのよ」

彼の差し出すスマホには常軌を逸する修羅の形相を表したおじいさんが映し出されており、なんでも生前の老人ホームにて行われた口じゃんけんの決勝戦を接写したものだという。

決勝という大舞台にテンションが上がり過ぎたか、たぎる口元は口じゃんけんの体を成してはおらず力んだ拳のみが通常じゃんけんのグーとなっている。

「決して、決してあれよ、人と争うことのない優しいじじじいちゃんだたよ」

梅のジュレを奇跡的に眼鏡のブリッジにのせて酔っ払う者に「力の限り争ってんじゃねぇか!」などと突っ込んだところで野暮というもの。

「そっか、優しいおじいちゃんだったんだ。それなら廃業してもお前が元気なら許してくれんべ」

彼はアルコールに巡るつぶりを抱え、消え入る声でこちらに謝意を示しては「俺、もうちょっと頑張ってみるわ」とすすり泣いた。

そして時と場を忘失しフグの唐揚げを配しに現れた女中さんに「いらっしゃいませ」といった。

 

翌日の昼下がり、昨晩の彼より連絡を受ける。

「やめようと思う、店」

「涙ながらに再起を誓った昨日の今日じゃねぇか。どうしたんだよ」

子曰く売り払う予定であった愛車のボンネットに「自転車」と悪戯に刻まれていたという。

彼は「もう人間が信じられない」とつぶやき、湧き上がる怒気に任せて「百歩譲って普通うんことかじゃないんですかね!?」と取り乱しては一方的に回線を切った。

小風がカーテンの裾を揺らすことで小風が可視されるよう。

ベランダより見下ろす遊歩道には犬のうんこをうんこ座りで処理をしているうんこ色のTシャツを着たおじさんが無自覚の統一性に生きる。

 

fin

忍び寄る蛇蝎のゴーストノート

 

四月一日(土) 含蓄に富む年上の方が会話の中で「身分相応、家賃Wow Wow」と述べられた。こちらの大胆な聞き間違いだと思うが、問題は本当に「身分相応、家賃Wow Wow」と言っていた場合にある。

四月二日(日) 何不自由ない裕福な家庭に生まれ育ち一流大学を滞りなく卒業した男がこの度「ランチパック占い」というコンテンツを膝をガクガク震わせながら立ち上げようとしている。よし、まずご両親に謝ろうか。一緒に行って頭下げてやんから。な?

四月三日(月) 出前館の配達員が玄関先でお釣りの計算にてんやわんやの間、こちらはこちらでスポーツ刈りとスポーツブラが結婚した場合その子供はスポーツヘアバンドになるのではないかとの考察に勤しむ。

四月四日(火) なぜに女は車のドアを親の仇のようにブァコン閉めるのだろうか。前世が国境の門番だったのだろうか。

四月五日(水) とうとうなか卯に飽きてしまった。ならば飽きた状態に飽きるのを待つ。これが漢のなか卯道。

四月六日(木) 赤提灯にて偶に境を接した同世代の行員と懇談に至る。やはり大人の四方山話とは仕事に行き着くものであり「今の職場に入って六年経つのですが一度だけ手刀を使ったことがあります」との告白を受ける。

四月七日(金) 気まぐれな父に苦労する母を見て育ち、ああはならぬと懸命な努力を重ねて腕利きの料理人となったが血は争えずにシェフの気まぐれサラダ。

四月八日(土) 「おじさん思うに音楽とは色の付いた時の経過だと思う」と二十も届かぬ女に説いたところ「キモ!」と言われたのでこちらも「キモ!」と言い返した。もっともこちらはM心から来る「気持ちいい」の「キモ!」ですがね。グフッ!

四月九日(日) 昼休憩の植木屋トークが耳に入る。「お前、朝起きたら大谷翔平だったらどうする」というベテランからの問いに若手より「靴がないですね。サイズ的に」との泣く子も黙る超現実的な答えがあった。伸びる、彼の仕事は伸びると思う。

四月十日(月) かれこれ二十年近く一人暮らしをする男が深夜の小水に立った。用を足し終え床に戻ると抱き枕に「ヘイ、ボーイ。あたいのパンティーを全部隠したのはお前かい?」と国籍から立ち位置まで全くわからない台詞をごく自然に発してしまったという。そしてそれは一人で生きてゆく決意を固めた瞬間であったと次いだ。

四月十一日(火) さて、引き出しより発見された阿部寛の友人のサインはどうするべきか。

四月十二日(水) なるほどね。暗がりにゴムを探り当てたと思いきやカップラーメンに付属する焼豚だった的なね。あ、違げんだ。

四月十三日(木) 十数年前、南米ペルーより日本に移り住んだ男が懐古するにはOKサインに多大なる衝撃を受けたという。肛門という意味合いでそのサインを認識していたところ、若い日本人の女があるまじきダブル肛門サインをまさかの手眼鏡として装着、さらには満悦にも舌をベロンと出して写真撮影に嬉々と臨んでいるではないかと。なんならその脇で土嚢を枕代わりに眠るホームレスのおじさんが上品に見えたという。

四月十四日(金) なにもウンコの肩を持つわけではないが彼は常に男の在るべき姿を示している。まず良きにつけ悪しきにつけ圧倒的であるということ。そしてそれだけでなく老若男女を爆笑に導く才をも兼ね揃えており、女の扱いなどお手の物、臭い台詞を憚かることなく常に匂わせる。然りとて男の機微にも通じており、つまらないことはすべて水に流してくれる。総じて漢の在るべき姿であろう。

四月十五日(土) 公衆便所の落書きに「生まれ変わってもあなたのおちんちんでありたい」とチンコサイドより切なる願い。

四月十六日(日) お前な、留守電に知らない番号から「はっ、あだすです。あれから色々考えますてな、やはりベニヤでお願いしようかと思いまして。ん、や、違う、違うな。また連絡します」と純度の高い一人相撲メッセージを残された俺の気持ちがわかんのかよ!

四月十七日(月) ふと目についたNHKにて小さな女の子が「おばあさんおじいさんいつもありがとう」と平素の謝意を示すほのぼのとしたシーンにぶつかる。今日日らしく「おじいさんおばあさん」という慣例の並びではない。しかしだね、それがまかり通ると童話桃太郎に甚大な影響が出んの!「おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ柴刈りに行きました」となるとじじいの山映像が邪魔でばばあがスッと桃待ちの体勢に入れないの!わっかんねぇかな!?テンポの話よテンポの!

四月十八日(火) 高尾山(表参道コース)は思いの外にカジュアルな山道であった。こちらが前夜より善かれと備えた人数分のスニッカーズが恥ずかしいくらいにカジュアルな山道であった。結局スニッカーズは社内恋愛の如くに隠し通し、独りになった帰路にて一口齧れば待ってましたとばかりに詰め物が取れる。そんな自分を嫌いになれねぇのよ。

四月十九日(水) 某コーヒーショップの常連である男が深く傷ついていた。なんでも若い従業員達から「ソイメガネラテ」との名前より長いあだ名が付けられていたという。

 

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水性ヤクザと油性シスター

 

三月一日(水) 家族愛をテーマとした歌詞に取り組んでいるのだが、何気なく書き出した「礼に始まりボディスラムに終わる」というフレーズから離れられずにいる。なんとか捻じ込めないものか。

三月二日(木) 春うらら、神様は飲めるハンバーグや車検を知っている。

三月三日(金)「はい!ウノ言ってない!」と指摘する醜い顔面にこそ二枚のペナルティーがあって然るべきだと思ウノ。

三月四日(土) コンビニで会計をするおじいさんが「あ、それとね、肉まんを一つ頂けると嬉しいです」といった。若干の違和感こそあれど「嬉しいです」という血の通った言葉は世知辛いこの東京砂漠に一雫の潤いをもたらした。ただもの凄く腰の低い強盗の線も否めないが。

三月五日(日) 通話中の若い営業マンより「エリアマネージャーが落馬しまして」という強めの寝言みたいな報告が漏れて聞こえてサンデーアフタヌーン。

三月六日(月) 食レポ系のYouTubeを立て続けに数本眺めるも大概が「わぁ!このお肉柔らかい!」のような紋切り型の感想しか出て来ずに辟易とする。せめて「わぁ!このお肉は高校球児の眉毛のようなその一点のみに命を懸けた畜産家さんの気概が口の中で躍動していて美味しい!」ぐらいは欲しいじゃない。

三月七日(火) 世の中には緊張感を備長炭と聞き間違えて歯を一本失った者がいるのです。

三月八日(水) ある男が結婚を決意した。そのきっかけは自らの性癖に端を発するといい、続を乞うたところなんと彼女との後背位の際には必ずクシャおじさんの顔真似をするという。まさか背後より肉棒を突き立てる彼氏がクシャおじさんと化しているとは夢にも思わない彼女に対していつバレるかわからないスリルを童心に貪っていた。しかし、彼女はとうの昔にラブホの鏡部屋にてクシャおじさんを目撃しており、友人に相談した結果「何かの病気かも知れないから安易に指摘しない方がいい」との結論に至った。だが先日のこと、珍しく酔った彼女が「何か隠し事してない?」とつい迫ってしまった。彼が「んなもん一切ない」と答えた瞬間に「エッチのとき変な顔してるじゃん!病気なら言ってよ!私、全部受け止めるから!」と泣き崩れた。彼は肩を震わす愛おしい女を後ろから優しく抱きしめ、習慣により少しクシャおじさんが出てしまったが気を取り直してプロポーズをしたという。こちらは大人として「おめでとう」と言ってはみたが一抹の不安が残る。そのような結婚の経緯を知った胎児は滅茶苦茶グレてパンチパーマに木刀を背負った状態で産まれて来るのではないか。いや、杞憂に過ぎればよいのだが。

三月九日(木) 深夜の世田谷通りは工事中。チャリの自分に誘導員が「はい、自転車通ります」という。

三月十日(金) 思い返す少年野球の試合にて勝敗を分かつ本塁クロスプレーの最中に主審へ麦茶を差し入れた小沢の母親のような剛勇なるスピリッツが欲しいぜ。

三月十一日(土) アイドル系インディーズレーベルの関係者が悩んでいた。なんでもデビューを控えた女の子二人組のユニット名が未だ決まらず難儀しており「セクシャル且つ二人の生真面目さが伝わるネーミングがあれば」と溜息をこぼす。こちらは湘南の男であり困る者を見過ごすことなど出来ない。一風呂浴びて「マン毛&ゴミ拾い」はどうかとメールしたところ「セクシャルの部分が取り返しのつかないことになっています」との即返が。

三月十二日(日) ユニクロの更衣室にいざ入らんとす若い男が「ヒーヒー言わせてやるから」と彼女に言い残してカーテンを閉めた。どどどどゆこと?

三月十三日(月)  夢の中で都営バスと離婚をした。都営バスと結婚していたのもショックではありましたが。

三月十四日(火) では逆に聞くが君はコンビニを掛け布団とするパワフルな漢になりたくないのかい?

三月十五日(水) 生きてゆく上で大切なことは第一に人間は滑稽な存在と知り、第二に己もその中に含まれていると知り、第三にはAV女優のサイン会は中止になりやすいと知ることにある。

三月十六日(木) 中トロ、えんがわ、えんがわ、中トロ、えんがわ、茶碗蒸し、えんがわ、穴子、中トロ、えんがわ、海難事故的にカマンベールチーズ軍艦、えんがわ、トロたく、あら汁、えんがわ。

三月十七日(金) どうせ愛に辿り着くんだべ?

三月十八日(土) ある男が自宅にて女と情を交えた。事を終えて彼女にイカスミサイダーを勧めたところ「それよりパンツがない」という。ふたりで黒パンツを探すも見当たらず、本腰を入れた大捜索もついには打ち切りとなった。それから一ヶ月を経た先日の昼下がり、趣味のフィギュアを眺めていると真顔のダースベイダーが春を先取る形で黒パンツを身に纏っていたという。知るか。

三月十九日(日) 「よくわからないけど」という言葉ほど誠実なものはない。なぜなら我々人間は森羅万象にただただ浮かぶ笹舟のような存在であるからして「よくわからないけど茂美さんをください!」「よくわからないけど娘を頼む!」というやり取りこそ正しい。ただ「よくわからないけど店長のセカンドバックを揚げました!」という末恐ろしい新人バイトにはきっちり叱るべきだと思う。よくわからないけど。

 

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